第5話【後悔と決心】

それから数日後、みーくんのソロコンサートに呼ばれた。

正直、行っても辛いだけなのはわかっていたが、わざわざチケットまで取っておいてくれたのに、行かないも悪いな、と思った。


みーくんの演奏は中学時代より、さらに磨きがかかっていた。

音の明暗がよりハッキリわかるようになったし、前よりだいぶ指がよくまわっている。

終わったらみーくんに感想を伝えようとノートに思ったことをつらつらと書き留めた。


すると最後の曲の前にみーくんのトークが入った。


「最後の曲はゲイリーショッカー作曲の"後悔と決心"です。実際にショッカーが込めた意味とは違いますが、誰しも一度は何かで後悔したことはあると思います。例えば、年齢的なことで言いますと、まだこれから先が長いから今やらなくても大丈夫。もしくは、もういい歳だからきっとできないだろう。そうやって諦めて後悔すること、先延ばしにして後悔すること、あると思うんです。僕にもありました。ある人に伝えたいことがあって、でもその人は突然僕の前から消えてしまって。結局伝えられずに後悔したんです。もっと早く、言おうと決心していれば。と。僕は今回の演奏で、何もせず後悔するより、出来なくてもやるという決心をした方が良い。そんなことを伝えたいと思いました。今までの後悔を振り返りながら、これからの決心に繋がるように、皆さんの心に決心を届けられるように演奏します。」


それは私に向けて言われたようだった。

お母さんにダメだといわれて、諦めてた。

音楽は続けたいのにそれを諦めて、何とかして続ける方法を探せばいいのに、探そうとすらしてなかった。

みーくんの演奏を聞いていると、何かが掴めそうな気がした。




コンサートが終わると、私はみーくんの元へ行った。

書き留めた感想を伝えた後、後悔する前に相談してみることにした。


『みーくん、私さ、音楽続けたい。でもまた悪化したらって、何も出来ない。手とか唇に影響ない音楽ってないかな。それか、人前に出なくていい音楽。私も調べるつもりだけど、みーくん何か知ってたりしないかなって思って。』


私がそう言うと、みーくんはニヤッと笑った。


「やっぱり。そうだと思ったんだ。おとちゃん音楽の話するとき、楽しそうだし、でも切なそうっていうか。まだ音楽やりたいんじゃないかなーって。それで俺、先に調べといたんだけど、調律師は独学でも資格取れるみたいだし、なんなら資格なくても一応はできるみたい。あと、ドラマのサントラつくる仕事とか?おとちゃんてやっぱりクラシック好きでしょ?だから作詞とかはできなさそうだよね。あ、でも意外と才能あったりして?」


みーくんは楽しそうに笑いながら話してくれた。




みーくんの言ってくれたことも参考にしながら、自分でも調べてみた。

その中でもピアノの調律師を目指すことにした。

調律師ならピアノが弾けなくても大丈夫らしい。

だから、弾けるけど弾けない私にはちょうどいい気がした。


からっぽだった私は、何もなかった私は、また新たなものを手に入れた。

そして私は、フルートの時のように調律師の世界にのめり込んだ。

ピアノを解体したときの絵を描いて部品の名前を覚えたり、調律の方法を覚えれば、練習として家のピアノの調律をしたりした。

音楽に触れるのが辛かった私が、また音楽に楽しさを覚えた。

みーくんのおかげかもしれない。

いや、かもしれないじゃない、確実に、みーくんのおかげだ。


『みーくん、ありがとう。みーくんのおかげでまた音楽を楽しめる。』

「そっか、よかった。辛そうなおとちゃん見るのは俺も辛かったから。やっぱりおとちゃんには笑顔が一番!」


初めてみーくんと出会った時くらいに最高の笑顔で笑い合った。

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