第4話【交響曲第5番 ハ短調 作品67】

私はいつものように学校に着くと、すぐに自分の席に座って、ヘッドホンをつけてクラシック音楽を聞く。

昨日の続きから流した。

"交響曲第5番 ハ短調 作品67"

みんなの知ってる曲名で言えば、

"運命"

一番最初がこれか。

何かありそう、なんてくだらないことを考えていると、ホームルームが始まった。


「今日は転校生がいる。」


担任がそう言うと、教室がざわつく。

というか、本当になんかあってしまった。


「神崎美琴です。漢字だけ見ると女子っぽいですよね。」


神崎、美琴?

私には聞き覚えのある名前だった。

たしか、コンクールで、私と優勝争いをしてたみーくんだ。

考えているとみーくんが私の横に来た。


「俺の事覚えてる?おとちゃん。」

『みこと...。みーくん、だよね。』

「よかった、やっぱりおとちゃんだった。人違いだったらどうしようかと思った。」


みーくんは笑いながらそう言った。

変わってない、この笑顔。

初めてみーくんと出会ったときもこの笑顔で、コンクールの演奏直前の緊張を解してくれた。

フルートを吹く時もみーくんはいつもこの顔をする。

どうやらみーくんの席は私の隣らしい。

みーくんの顔立ちは良い方だから、ほかの女子からの視線が痛い。

でも気にしない。

みーくんとまた話せたのが、何よりも嬉しかったから。




あっという間に昼休みになった。

すると、みーくんが尋ねてくる。


「おとちゃんて、急にコンクールとか出なくなったけど、どうしたの?」


やっぱりそれだよね。


『私ね、フォーカルジストニアってやつで、人前で演奏すると、唇と手が震えるようになっちゃって。見てたでしょ?中学最後のコンクールでの演奏。その日から震えが出るようになって、練習不足かなって、練習時間増やしたけど、病気だったから悪化しちゃった。それで、親に楽器はやめなって言われて。もうすぐ1年経つくらい吹いてないかも。』

「...そっか、ごめんね、辛いこと聞いちゃって。」

『ううん、大丈夫。みーくんは?続けてるの?』

「うん。最近はソロばっかりやってるかな。」

『そっか、楽しいよね、ソロ。周りに気を使わないで自由にできるし。』

「うん。やっぱりおとちゃんもソロ派?」

『うん、めっちゃソロ派。』


音楽の話は辛いのに、なぜかみーくんと話すのは楽しかった。

でも、より痛みを押し付けられた気もした。

これが私の"運命"か。

"交響曲第5番 ハ短調 作品67 "かって。

全く笑えないけど。

みーくんと話すのは、楽しいのに痛いって、とことん自分が分からない。

でもきっと、みーくんはまだ"演奏できる人"だからだと思う。

私は"演奏できる人"が相当羨ましいんだと思った。

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