第3話【ベルガマスク組曲 第3曲 月の光】

久しぶりに防音室に入った。

扉を開けた時の少しの風だけで埃が舞っている。

ピアノもカバーはつけているがそのカバーが埃まみれだ。


カバーを外し蓋を開ける。

鍵盤を押すと"ビーン"と頼りないドの音がなった。

約1年間、全く音を鳴らさず、調律もしていなかった結果だ。


私は趣味程度でピアノもやっていた。

"ベルガマスク組曲 第3曲 月の光"

窓から射す月明かりに照らされながら、私は少し頼りない音でそれを弾いた。

"少しなら弾いても良い"と言われていた。

だから、激しめの曲で手に負担をかける訳にはいかないので、ゆったりしたこの曲を弾いた。

"月の光"は1回だけ出たピアノのコンクールで弾いた曲だ。


弾き終わると、防音室の扉を開けて聞くお母さんがいた。


「ピアノを弾くのは、震えないの?」

『ううん、多分、人前で演奏したら、ピアノも弾けないと思う。』

「そっか...。」

『...全然弾いてなかったから、下手だったでしょ。』

「十分上手よ。まあでも、少し下手になったかもね。」


お母さんは笑いながらそう言った。

やっとぎこちなさが消えた気がして、少し嬉しくなった。


『ねぇ、お母さん、私、もう本当に音楽出来ないのかな。まだやりたい。ほかの楽器でもいいから、まだ続けたい、音楽。』

「でも、また悪化したら?私は音奏が普通の生活すらできなくなる方が嫌よ。ごめんね。私は協力出来ないわ。」

『...だよね。うん、大丈夫。』




大丈夫じゃない、全く大丈夫じゃない。

でも大丈夫だって言わないと、自分が壊れそうで。

だから、大丈夫、大丈夫だって、自分に言い聞かせ続けた。

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