第2話【アルルの女 より メヌエット】

『ただいま』


そう言っても返ってこない。

両親は共働きで、最近は特に帰りが遅く、あまり顔を合わせていない。

孤独を紛らわすように、レコードをセットして曲を流す。

"アルルの女 より メヌエット"

フルートの中ではメジャーな曲だ。

フルートのソロ曲の中で私の一番好きな曲。

私が初めて吹いた曲だった。

出てくる音の幅が広く、細かい音の動き、ゆったりする音の動き、様々な音の動きがあり、ロングトーンやヴィブラートの練習にもなる、基礎練習にはちょうどいい曲でよく吹いていた。

ああ、また思い出してしまった。

癖になっている。

すぐにクラシック音楽を聞くところ。

学校でもいつもヘッドホンをしてクラシック音楽を聞いてるし。

癖なくしたいな、なんて考えながらレコードをしまって、代わりにテレビをつけた。

そして、テーブルに置いていた学校帰りに買ったコンビニ弁当を温め、食べ始めた。




"ガチャッ"

突然、玄関の開く音がした。

そういえば、お母さんから"今日は早く帰れる"とメールがきていた。


「ただいま、音奏。」

『お母さん、おかえり。』


お互い顔を合わせるのは半年ぶりくらいだった。

だから、話すこともわからずにひたすら沈黙が続いた。


「音奏、最近、手とかの調子は...?」

『あ、うん、大丈夫だよ。』


やっと出た会話もぎこちない。


『お母さんは?ピアノ、どう?』


私のお母さんは音楽大学でピアノ講師をしている。

一応、お父さんはオーボエで世界中を飛び回っている。

まあ、うちはいわゆる音楽一家だ。


「そうね、最近、、」

『前の、コンクールは?どうだった?』

「最優秀、取れたわ。」


やっぱりぎこちない。


お母さんは私がフルートを吹けなくなったことが辛いだろうと、音楽の話を避ける癖がある。

全然話してくれていいのに。

それに話を避けるだけじゃない。

帰りが遅くなるのも、朝早く家を出るのも、私のいる家でピアノを弾かないようにするため。

いつも大学で練習してるみたいだ。

できればお母さんには気を使わないで欲しかった。

お母さんにまで気を使われていると、なんか虚しくなる。



また無言が続き、そのまま私はご飯を食べ終えた。

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