R6.7月『掟の逢瀬』

 織姫と彦星は、七月七日、天の川にかかるカササギの橋を渡って逢引きするという。

 それというのもこの二人、夫婦になったとたんお互いにかまけて仕事をサボるようになった。それを見かねた天の神が二人を天の川の両岸に引き離したところ、今度は会えない辛さに泣き暮らし、結局全く仕事をしない。

 仕事と恋愛の落としどころとして、「年に一度の逢瀬」が設けられた、というのが七夕物語である。

「とまあ、後世ではこんなふうに語られてますけど? 織姫サン」

 天の川の対岸、星の一つにもたれて晩酌をしながら、リモート用水鏡ディスプレイに向かって彦星が投げかけた。

「まあ、いいんじゃない? 夢があって」

 機織りの手を休めず、織姫は素っ気なく応える。

 天界の文明も、下界が発展するのに連動して、世界観を壊さない程度に進歩している。ここ数年の七夕は、下界のリモート普及によってもっぱらリモート通話で済まされていた。

「実際は毎日喧嘩が絶えなくて別居、引き合わせてくれた神様の顔を立てるために年イチでお茶するところに落ち着いたなんて、下界の人達も知りたくないでしょ。神話なんて都合よくてナンボなんだから」

 この二人の不仲は一八〇〇年前から変わらない。出会った瞬間恋に落ちる……どころか、本能で「あ、こいつなんか嫌い」と感じたほど相性が悪い二人は、それでも仲介者である神の手前結婚しない訳にいかなかった。

「こんなに長い付き合いになるなら、出会ったときに『私にこの殿方は無理です』とはっきり言えば良かったわ」

「それを何百回と聞かされる俺の身にもなってくれよ。ただ、その点に関しては同意だな」

 彦星の言葉に、織姫はフンと鼻を鳴らす。

「「貴方に同意を示されるくらいなら撤回するわ」」

「……」

 一言一句違わず違わず被せてきた彦星を、織姫は汚いものを見るような目つきで一瞥した。

「気持ち悪いわね、やめてよそういうの」

「分かっちまうもんは仕方ないだろ。残念なことに、俺達元々似たもの同士な上、二千年近く定期的に喋ってんだから」

「二百年も丸めないでくれる? 一八〇〇年程度の仲よ、私達」

「丸めなくても十分長えんだよな~」

 彦星は苦笑して酒を煽る。

 似たもの同士という彦星の言葉通り、二人には共通点が多かった。寝食を忘れるほどの仕事熱心と、驚くほどの付き合いの狭さ。それを心配した心優しい神が二人に見合いをさせて、だからこそ二人とも断れなかったのだ。自分を気にかけてくれる数少ない神友を邪険にできない押しの弱さもまた、二人の類似点である。

 しかし、何より都合が悪かったのは、二人とも極度の内弁慶であったことだ。外面ばかり良く家では我が道を行く二人が一つの家に住むなんて、土台無理な話だった。

「まあ、でも俺達にはこのくらいの距離感がちょうどいいよな」

「何が『ちょうどいい』よ。私の体感としては多すぎるくらいだわ、百年に一回でも多いのに」

「そう言いつつ、織姫サンは俺以外に話ができるやつ居ないだろ?」

「……そういう貴方も私以外にいないくせに」

「そうだよ、あまりもの同士せいぜい〝仲良く〟近況報告でもしようぜ?」

「私は話すことなんか無いわ。貴方が勝手に話して頂戴」

 それから二人は一晩中、水鏡を繋いで語り明かした。

 袖にするような物言いをしていた織姫も、蓋を開けてみれば、下界で流行っているイラストの技法を取り入れた織物について二時間も喋っていた。いかんせん喋る相手が全くいない二人は、なんだかんだ言いながら、年に一度の機会をフル活用して喋り倒している。嫌味の応酬は挨拶のようなものだ。

 流行りに敏感な神々には「腐れ縁」や「喧嘩ップル」と呼ばれているのだが、自分の仕事にしか興味がない二人の耳にはまだ届いていない。

「おや、そろそろ夜が明けるな」

「そうね。短いものね、夏の夜って」

「ああ、夏だからな」

「夏だものね」

 満足いくまで話した二人は、今年も声をそろえてこう言った。


「「じゃあ、また来年」」


   ◆ ◆ ◆


「つまり、七夕が義務だった世界線、って感じ?」

「そうそう。最初、『逢瀬の掟』じゃなくて『掟の逢瀬』なんだ~って思ってさ。逢瀬に関する決まり事、じゃなくて、決められた逢瀬ってことじゃん? だったら義務でやってる七夕かなって」

 七月七日の夕暮れ時、自分の書いた小説について投げかけられた問いに応えながら、ペットボトルの麦茶を煽る。

 物心つく前からなんだかんだ付き合いのある友人と『月に一度、お互いに持ち寄ったお題で小説を書いて読み合う』という約束をしてから、もう一年ほど経つ。お互い社会人で都合もあり、毎月欠かさずとはいかなかったが、それでも気付けば一冊の本にしてしまえるほどの文章が積みあがっていた。

 これもある種、「掟の逢瀬」かもしれない。

 社会人になって、学生時代の友人とはほとんど関係が切れてしまった。住む場所も生活サイクルも全くバラバラになった私達は、繋がる努力をしないと繋がれない。

 ひたすら趣味に走った約束を、損得勘定なく交わしてくれる友人がいるというのは、織姫に彦星がいるのと同じくらいの奇跡なんじゃなかろうか。


 今月もお互いに感想を言い合って、他愛のない会話を終えて、通話を切る。


「じゃあ、また来月」

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