R5.9月『月白の彼女』



 げっぱく【月白】(名) 月の光を思わせる、薄く青みを孕んだ白色。



   ◆ ◆ ◆


 秋の夜長、皆様いかがお過ごしですか。

 今週もお疲れ様です。金曜夜のご褒美ポッドキャスト、ココロミチル・青い鳥ラジオ。パーソナリティのミチルさんです。

 本日も、チルな音楽と共にお送りします。

 はい、皆様お気づきですね。月が変わりましたので、音楽も新しく作って参りました。今月のテーマのタイトルは、『月面、波寄せて』。穏やかで涼しげ、淡くしぶくようなサウンドをお楽しみ下さい。

 本日は2023年9月1日、ということですが。皆様、もう9月ですって。早いですね。昨日は丁度満月でした。見られましたか? 私はベランダから眺めつつ、カクテルで一献傾けました。

 昨日の満月は、二つの名前を持っているそうです。スーパームーンと、スタージョンムーン。

 スーパームーンは、このラジオでも何回か取り上げていますね。もう覚えている方も多いんじゃ無いでしょうか。ひと月の中で、二回目の満月のことです。

 スタージョンムーンは、8月の満月を指す言葉ですね。スタージョンは英語で『チョウザメ』のことらしいですよ。

 チョウザメ、ピンときますか? 私は昔から好きなんです、チョウザメ。良かったら画像検索してみて下さい。思ったよりも可愛いフォルムのサメが見られます。クチバシって言うんでしょうか。あの部分が、ちょうどアヒルのクチバシみたいに反っているんです。モグラの鼻先の方が近いかな。ちょっとハマりそうな見た目をしてます。

 なんで8月がチョウザメ? って思いますよね。

 由来はアメリカの先住民族、ネイティブアメリカンの風習だそうです。自然に親しんで狩り中心の生活をしていたネイティブアメリカン。彼等にとって、チョウザメは魚の王様でした。アイヌでいう鮭のような存在ですね。そのチョウザメが成熟してきて漁が始まるのが、8月なんだとか。

 16世紀ごろのアメリカの文化が、2023年の日本に暮らす私達の元に流れ着いていると考えると、浪漫がありますね。

 ちなみに、チョウザメは古代魚です。年代は、生きた化石で有名なシーラカンスと同じみたいですね。観賞用とか、キャビアを取るための養殖とかで、日本にもいるみたいです。去年は、琵琶湖に逃がされたチョウザメが、体長1メートルまで育った状態で捕獲されたっていうニュースがありましたね。観賞用のチョウザメって、最初はてのひらサイズなんだとか。愛嬌のある顔をした魚なので、買いたくなっちゃう気持ちは分かりますね。でも、外来種の放流は犯罪です。要注意ですよ。

 とまあ、チョウザメの話は一旦ここまでにしましょうか。このままじゃチョウザメラジオになっちゃいますね。スタージョンラジオ……うん、なんか響きがちょっと良いかも。でも浮気はしません。今後も『青い鳥ラジオ』でやらせていただくので、よろしくお願いします。思ったより可愛いチョウザメ、是非覚えて帰って下さい。

 さて、月の話でしたね。次の満月『コーンムーン』は、9月29日の金曜日です。29日は、お酒を飲みながら月を見つつ、ポッドキャストを収録する予定です。皆様も、秋の夜長に青い鳥ラジオを聞きながら、一緒に月見酒を楽しんでいただければ嬉しいです。

 今日のお便りは、そんな『月』をテーマに募集させていただきました。

 月。身近なテーマですよね。そのせいか、今回はいつもより沢山のお便りがメールフォームに集まりました。ありがとうございます。

 その中でひとつ、大作があったのでご紹介します。

 ラジオネーム、カメレオンさんからです。


   ◆ ◆ ◆


 ミチルさん、リスナーの皆さん、こんばんは。

 月、というテーマで、中学生の頃に体験した不思議な出来事を思い出したので、投稿させていただきました。

 私は当時、山奥の田舎に暮らしていました。場所によっては隣家が1キロ離れているような、正真正銘のど田舎です。夜になると最低限の街頭があるくらいで、空気も綺麗なので、月や星がよく見えます。特に満月の夜は、月明かりで地面に影ができるほど明るいです。

 私の習慣は、月の明るい夜に散歩をすることでした。

 私の実家は、田舎の中でも家が密集しているような場所にありました。田舎の農村です。農家さんなどは朝四時に起きるのが当たり前だったので、その時間に外を出歩いているような人間は私だけでした。普段は車の行き交う道路の真ん中を、ひとりゆっくり歩きながら、月の光にすすがれた透き通った空気を目一杯吸い込むのは、なかなかどうして気分が良いものです。

 そんな私の密かな楽しみですが、中学二年生の頃に始めました。中学を卒業するまで続けていたのですが、中学三年生の秋口に、一度だけ、人と会ったことがありました。

 それは、8月の終わり頃でした。

 出会ったのは、長い髪の、見知らぬ女子でした。黒いズボンに、黒いノースリーブのシャツを着ていました。肌が凄く白くて、月の光を受けてほの青く光って見えました。一瞬、本当にチープな表現になりますが、夜の妖精かと思いました。

 彼女は、私と大体同じくらいの年頃に見えました。田舎ですから、歳の近い子供は顔見知りです。私は、「都会はまだ夏休みらしいし、この辺りは移住してきた人も多いから、誰かの親戚なのかな」と思いました。

 声を掛けてきたのは、その女子からでした。

「ここらへんの人?」

「はい」

「そう。いいね、ここ。月が綺麗で」

「そうですね」

 彼女は私に話しかけながら、そうするのが自然かのように私の隣に並びました。

「えっと、コンビニ探してるなら、この辺にはありませんよ。自販機なら、この三つ先の角にありますけど」

「あは、親切にありがとう。お礼に飲み物おごるよ。一緒に行こ」

 彼女は、ルミと名乗りました。私はレオと名乗りました。もちろん両方仮名です。

 ルミは饒舌でした。ありきたりな、「なんでこんな時間に外歩いてるの?」「散歩です」「私も」みたいな話をし終えても、ルミの話が途切れることはありませんでした。私もぽつぽつと差し障りの無い事を話していましたが、ほとんどずっとルミが話していた気がします。内容はハッキリ覚えています。チョウザメの話でした。インディアンが狩りをしていたことに由来して、8月の満月はチョウザメ月、スタージョンムーンと呼ぶみたいです。その由来やチョウザメの話を、延々と隣で話していました。

 ルミは静かで心地良い声をしていたので、不思議と、煩いとは感じませんでした。

「めっちゃ喋りますね、ルミさん」

「ルミで良いよ。敬語もやめよ、たぶん同い年だし。……そうだね、こんな時間にあなたに会って、ちょっと緊張しちゃったのかも」

「緊張してるの、それ」

「うん。ごめんね、うるさくて」

「うるさくないよ。綺麗な声で落ち着く」

 そんなやりとりもしたと思います。どこか言い回しが都会的な子だ、と思った覚えがあります。

 自販機に着いて、ルミは私に何を飲むか訊きました。私は、振って飲むゼリー缶を希望しました。ご存知でしょうか、グレープ味の緩いゼリーが入っていて、良く振ってからでないと中身が出てこない缶飲料。振らないと駄目なのにプルタブ式で、蓋が出来ないので開けた後に振ると中身が飛び散る仕様になっています。でも、あんまり振らない方が食べ応えがあって美味しいんですよね。

 そういう話をしたら、ルミはそのゼリー缶を二つ買いました。

「レオの話聞いてたら、私も飲みたくなっちゃった」

 そう言ってお茶目に笑うルミが化粧をしていることに、その時気付きました。こんな時間に、散歩するために化粧をしている。不思議だとは思いましたが、その時確かだったのは、ルミが綺麗だったことだけです。田舎者の私には、その容姿も、声も、振る舞いも、この上なく魅力的に映りました。

「……あのさ」

 ルミは、私の視線に気付いてか否か、気恥ずかしそうに髪を指に巻きながら切り出しました。

「私、変じゃないかな」

「変って?」

「なんか、見た目とか、話し方とか、色々」

 私は驚くと同時に、彼女の不安が感じられて、必至にフォローを入れました。

「確かに、田舎では珍しいくらい綺麗かも。でも、ちょっと街場に出たら普通なんじゃない? ドレスを着た人が田んぼにいたり、長靴に軍手の人が結婚式場にいたら目立つけど、逆なら普通、みたいな話だと思うよ」

 確か、こんなようなことを言ったと思います。ルミは「そっか」と呟いてから、「ありがとう。それじゃあ」と言ってふらりと立ち去ってしまいました。

 結局、ルミとはその夜のそれきりです。

 とりとめも無い話でしたが、このポッドキャストを聴いていて、ふと思い出したので送らせていただきました。

 残暑が厳しい折、皆様お体に気をつけてお過ごし下さい。


   ◆ ◆ ◆


 ――――というお便りでした。

 私も好きですよ、秋の夜長のお散歩。気持ちいいですよね。

 実は私も、昔はよく、夜にふらっと散歩に出ていました。

 私、中学生の頃は不登校だったんですよね。転校した先でなじめなくて、そのまま引きこもりになって。外に出るのが怖くなっちゃったんです。でも身体を全く動かさないのは何だか怖くて、夜になったら毎日外を散歩していました。

 そうしたら、やっぱり、似たことを考える人がいるんですよね。同じように散歩してる人を見つけたんです。私はその当時、人と喋りたくなかったので、見つかる前に隠れちゃったんですけど。

 その人は、いつも白いスウェットを着ていました。それが月の光の下だと、すごく目に付くんです。私は勝手に、その人を『月白げっぱくさん』と呼ぶことにしました。

 私は毎日歩いていましたが、月白さんは月に一回、特定の時間に歩いているみたいでした。決まって月が明るい日で、調べてみたら、満月の時だけ歩いているのが分かったんですよね。

 気付いた時はテンション上がりましたね。法則があった! って。それから私は、満月の夜に、こっそり月白さんの後を歩くのが習慣になりました。その内話したいな、なんて思うようになったり、実際に話しかけてみたりして。穏やかで面白い人でした。

 そうしている内にまた転校があって、引っ越して。月白さんの散歩を眺めることもなくなりました。眺める、と言えば聞こえは良いですが、今思えばストーキングですね。時効とさせてください。

 次の学校では、私はちゃんと登校できました。放送部に入っちゃったりなんかして。月白さんとお喋りした時間があったから、今の私はポッドキャストをやってるんだなって、改めて思いました。

 夜の一人歩きは危ないですからね。皆様、真似をする祭は、用法用量を守って、誰かと一緒に歩いてみて下さい。上手くすれば、素敵な時間が過ごせます。人と並んでゆっくりできる場所は、なにもカフェだけではありません。

 最後に一言だけ添えて、このお便りの話は締めさせていただきたいと思います。


 亀のレオンは元気?

 

 さて、次のお便りです――――。

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