第7話 リア充爆発しろ

 居酒屋の2階に高校はあった。そこの職員室に魔女がいた。現代日本で魔女の居場所ってこういうところがふさわしいんだ。

 魔女が言う。


「六本木の高層マンション最上階から北海道か。すごい転勤だね」


 転勤というか、今の会社を売って、十勝の帯広近郊で温室水耕栽培をする新しい会社を立ち上げるらしい。


「父は新しい会社やるらしいです。今の貿易会社は人に売って」


 父は趣味で会社をやっている。そのお金で食べさせてもらっている私。でも20歳になったら私も経済的に自立したい。アルバイトで学費稼いだりするつもりだ。できるとは思えないが、気持ちだけはある。


「それであなたは行きたいの。行きたくないの」


「わかっているのはひきこもりはもうできない事だけです。もともとタワマン最上階でのひきこもりって快適ではないです。窓、広すぎて隠れられないんです」


 長谷部先生の色白の肌。窓際なので白い肌に外の風景が写っている。スクリーンセーバーのように私の脳内の妄想を抑えてくれる。こんな人は初めてだった。さすが魔女である。そして奴隷である私の主。奴隷には前からなってみたかった。それを選んでしまうと、自動的に北海道へは行かず、こちらに残ることになる。


「あなたの最初の夢では、北海道に何か凄い神秘的なことありそうだったわね」


 大雪原の中の巨木。その幹の空間に捕らわれている全裸の私。それを見つめる黒い影の男。彼の住むクリスタルシティ。それは私の乙女心を刺激している。


「雪原の大木の中に寝ていました。その夢だけだったなら、迷っていないと思います」 

 

 夢は2つだった。ユートピアとディスユートピア。アンドロイド支配下にいる私。絶対嫌だと思ったが、隆君やこの魔女と一緒にいられるなら、私はこちらを選ぶかもしれない。


「でもあなたはもう一つの夢を見てしまった。笑ってしまうくらいリアルな夢」


「あれ本当に歯科技工士なんですか。私、アンドロイドの奴隷になっているのかと」


「現実の歯科技工士の働く現場よ。市原にもあるわよ」


「霊能力あるんですね。他人の夢を見られるなんて」


「私も初めてよ。そういうことあるとは聞いていたけれど、1200年の歴史の中で御神木の洞に泊まって、鮮明な夢を二つも見た人なんていないから」


「すいません一応五千円払いました。隆君に。あのう、一生と言われたんですが、あの木に住んでもいいんですか」


「いつ泊まってもいいわよ。でも住民登録は無理。お父さんからお金出してもらえるなら学生用のアパートに住む方が快適。4万5千円くらいかな」


「私、電車に乗れないんです。人肌、近いとだめで。痴漢されるのは構わないんですけど」


 痴漢されるのは私の憧れだ。見知らぬ他者と快楽の交換ができるのは素晴らしいと思う。ただ3メートルは離れてほしい。それより近い他人は私には無理。そしてこの距離に近づいても大丈夫な隆君とこの魔女は私には最初から他人ではない。


「北海道の方があってるのかもね」


「実はお父さんもそう思っているらしいんです。自宅兼巨大温室を建てて、温泉水を引いて、水耕栽培で自給自足しようとしているみたいで。私のために地下室も作ってくれるって」


「もしかしたら、すごいお金持ちなの」


「死んだお母さんの持っていた土地がタワマンに地上げされて、最上階提供されたんですね。それで、お金まだ余っていたらしくて、フェアトレードの貿易会社はじめて」


 フェアトレードは開発途上国の産品を適正な価格で買って、先進国で販売する貿易のことだ。父は鑑定スキル持ち?ではないと思うが、目利きができて日本で高く売れる繊維製品や食品を上手に買い付けて、六本木の店で売っている。でももう飽きたみたいだ。それとも私のために引きこもりやすい場所に引っ越してくれるのかもしれない。


「歯科技工士なんて忙しい仕事しないで、そっちで優雅に暮らした方がいいのかもしれないわね。真夜中の温室で新鮮なトマトもいで食べるのよ。もぎたてのトマトのおいしさ。私が代わりたいくらい」


「父は決まった女性いないので、恋人になって、一緒に帯広に移住したらどうですか。父は45歳だったかな。外見も悪くないです」


 父は相当もてるらしい。お金があって、理想があって、外見が良い。リア充、爆発しろ。


「会うことになると思う。もしあなたがこちらに残るならね。ただあなたのお母さんにはなれないかな。仕事とプライベートは混同しない。それが私のルールだから」


  なぜか妄想が湧いてこない。この魔女、私の精神をコントロールしている。


「二番目の夢の中で私笑っていました。誰かに話しかけられて。私、友達いない方が幸せなんです。話しかけられて笑った自分が不思議で。私、笑えるんだって」


「隆とは結構話しているし、私ともちゃんと話せている。それにあなた面白い子よ。周りを笑いで充たしてくれる、そういう天性の才能ある」


「まさか」

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