第5話 極振り
コンビニのイートインでコーヒーを飲みながら、隆君にその高校に連れて行ってくれるように頼んだ。コーヒーはブラック。私は白湯の代わりだから砂糖もクリームもいれない。隆君はただめんどくさいだけらしい。どんな学校か一応聞いてみる。
「通信制高校のサポート校。九時から三時までの間だったらいつ行ってもいいし、行かなくてもいい。オタクもいっぱいいるし、僕みたいなちょっと変なのもいる。僕は天才すぎて、普通の高校からはじき出されたんだ」
「自分で天才という人、はじめてです」
「天才ってね、自慢できることじゃないんだ。ただ能力が偏っているだけなんだ。異世界ファンタジーで極振りしているのと同じ。僕は何でもできる優等生じゃなくて、人の行動を数式で見ることだけが他人よりできる。それ以外スポーツなんか何にもできない事だらけで。ダメ男で、そして天才でもあるんだ」
「日本に耳鼻科医が何人いるか分かったりするんですか」
「そういうのとは違って、人がものを買う時に、何を選ぶかとかが数式で言えるんだ」
「それ足したり引いたりできるものなの」
分からないと妄想が静かだ。私の場合、理解するとは妄想を掻き立てて、その言葉や考えをしゃぶりつくすこと。だから単なる暗記は苦手。でもこの妄想勉強法は地歴公民や理系に案外有効。
「偶然出会った二人がここでコーヒーを選ぶっていうのはけっこう複雑なことなんだ。僕はそれが数式で言えると思う。今じゃなくて、もっと勉強したら」
でも隆君には私が何飲むか聞いてほしかった。聞かれたらどう答えたか。妄想が始まる。ジンのボトルを買ってラッパ飲みして、ここで潰れて救急車呼ばれるとか。媚薬入れられて持ち帰りされるとか。いろいろあるが、多分ブラックコーヒーに落ち着くだろうと妄想も静まる。
「ごめん。良くわからない」
ちょっとあざとくなるのは媚薬の妄想のせいだ。
「売る側が商品についての情報をすべて公開し、買う側は自分が何が欲しいかを完全に理解しているという前提で成り立っているの。需要曲線とか供給曲線とか」
過去の記憶がファラッシュバックする。現代社会のその授業の時、需要曲線と供給曲線がなまめかしくて、変なこと妄想していた。その商品が安ければ買う人は多い。先生はそう言ったけれど、私が売りに出されたとしても、買う人はいないだろうと思っていた。妄想していない半分の私は一応普通に隆君に受け答えしている・
「たしかに私、飲み物は基本、白湯なので、どこにも売っていなくて困るんですよね。ファミレスでも白湯おいてないというか、売っていなくて」
白湯って需要が少ないから供給がないのかな。コンビニではカップラーメン用に白湯はあるけど、無料だ。私は時々白湯を盗んでいる。これは犯罪になるかな。万引きするとエロい親父に裏に連れていかれるのよね。
「白湯なんだ?なんか感動する」
「それでコーヒー頼むんですけれど、白湯の代りなんでブラックで飲むんです」
「話、戻していいかな。それで選ぶってことだけど、実際は売り手も買い手もその商品がどんなものなのか、自分が何が欲しいかわからないまま、売ったり買ったりしているんだ」
コンビニの裏に連れて行かれて、何されるか妄想していたので、答えるタイミングを失った。私が良く誤解される原因の一つ。相手を無視しているというやつ。でも隆君もコミュ障なので反応しなくても大丈夫みたいだ。
「僕、カクヨムの異世界ファンタジー書いているんだけど。あそこも売り手と買い手のいる市場の一つ。無料だけど、支払いは時間かな。でも需要曲線も供給曲線もない。売り手は想像力と時間を費やして少しずつ書いている。でも自分の書いたものが何なのか分からない。買い手も自分の欲しいものが本当は何なのか分からない」
私はあまり聞いていなくてカクヨムに私を売りに出す妄想をする。何されてもいい女性。ただしブスで性格悪い。買い手はゴブリン限定。これで買い手はつくかな?価格が自動的に調節してくれて、とんでもない低価格で異世界のゴブリン集落に売れるかも。でも人肉30キロの方が価格は高いわね。こっちなら需要曲線と供給曲線は健全に働いているかもしれないし。
「消費行動を一瞬のものとして考えるんじゃなくて、次やその次までの継続した時間として考えたら、売り手も買い手も徐々にその商品についての情報を増やしていき、より適した行動をするようになる。確率の中に時間を取り入れて、情報と選択の関数関係を見るの」
隆君は私を見て目をキラキラしている。私は何を言っているか分からないので、モナリザのような微笑をする。隆君は喜んで話を続ける。まだ若いから世界がエロと金でできていることを知らない。まだDTね。
「でもわからない部分は最後まで残っていて、そこは賭けるしかない。どちらも情報が不足している中で、人は賭けをして相手を選ぶ。僕の考えは多分経済学を全く違うものにすると思うんだ」
「ナンパしているの?私そんな軽い女じゃないし、私の体にそんな価値ないから」
「どうしてそんな話になるのかわからないんです。一花さん」
「だって相手が何であるかわからないから、賭けをしなくてはならないんでしょ。それってまだ良く知らないけど僕たち賭けしてみないかって誘っているわよ。相手を知るための過程で私もてあそばれて、捨てられてしまうんだわ」
私の頭の中では隆君の部屋に連れ込まれてセックスして捨てられる女の人生が上演されていた。
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