第6話 行基はオーク

「一花さんが、なぜ前の高校やめたかわかったような気がする」


 隆君、私も分かっている。それにこんなに男子と話したのは初めてだ。多分隆君はゲイだと思う。それとも誰も性的に愛せないタイプのQ。彼に比べたら主な性的対象は異性の私は、普通過ぎて負けている。


「私ね、学校自体は好きだったの。いろんな人の魂の痕跡があって。生きている人間さえいなければいいのにといつも思っていた」


 無人の学校は魅力的だ。廃校となった建物は普通の廃墟以上に私をそそる。妄想がいくらでも湧いてきそう。


「僕には人間がどうやって欲望を満たしていくのかそれを観察する場だったんだ。学校は僕の教科書かな。いじめられた時もこの人は今どんな欲望を満たそうとしているのか想像して勉強していた」


 私や隆君のようなタイプは学校でいじめられるのはもう既定事実。世界が私たちを排除しようとしているのは、もう身に染みて知っている。だから絶対目立たないように隠れようとするのだが、猟犬のように隠れている私たちを狩る人たちが必ずいる。


「私ね、生きている人たちに関心なくて、氷の女王と呼ばれていたみたい。こんな私でもその高校でやっていける?」



 氷の女王コンテストに出されそうになったこともある。札幌氷まつりで募集していた。


「この学校って、みんな流れている水みたいなものだと分かっているから大丈夫。いつまでも一緒にはいないし、いられない。一時的にそこにいるだけだから。それが心地いいんだ」


 いじめられっ子を集めたとしてもいじめが発生する。働きアリには働かないアリが必ず一定割合でいるらしいが、働かないアリを排除したら働いていたアリの一定割合が働かなくなる。それと同じようなものだ。でもアリが一つの集団でなくなって見知らぬ他者になれば、すべては解決するのかもしれない。人間も社会を作るのをやめればいいのかも。


「私、何がトリガーになるかはわからないんだけど、先生の何気ない一言で頭の中で突然ショートフィルムフェスティバル始まって、授業聞こえなくなる。それで相当劣等生なんだけど」


「個人指導多いから、先生一人と生徒一人。何とかなるって」


「隆君はその学校で勉強物足りなくはないのかな。私で大丈夫な学校だったら、隆君のような天才には物足りないんじゃないかと思って」


「僕は東京の予備校にも通っている。個別指導の。学ぶって孤独なことだと思う。僕の場合は教えられると馬鹿になってしまうから」


「ちょっと話し戻していいかな。お母さんはなぜ私が木の洞に泊まったことや、夢のことわかるの」


「話せば長いけど」


「十一時に君のお母さんと、学校で会う約束なんだけど」


「行基って知っている?」


 奈良へ行ったとき駅前にいた。私が子供だったからか大きな人に見えて、オークみたいで怖かった。


「会ったことがある。たしかえらいお坊さん?」


「奈良の大仏に関係がある人なんだけど、市原の辺を歩いていたことがあるらしくて、ある時、夜の森の中で光っている立ち枯れた木を見つけてその木で仏さんを彫るのね」


「その仏さん。まだある?」


 あればお参りしたい。なぜかこの街に親しみが湧いている。


「お寺は今でも近くにあるけど、行基が作ったという薬師如来は失われてしまったようだね。1200年くらい前の話だから」


「1200年前か。その頃この辺に既に人間がいたんだ」


「市原は上総国府があったので房総半島の最大都市。それで行基はその神木のあまった材料で小さな子供の像を作った。それを袋に入れて持ち歩いていたらしい」


「袋に入れた子供の人形。なぜそんなものを?」


「行基は生まれる時、胞衣に包まれたまま生まれてきたんだ。胞衣って知っているかな。子宮の中で胎児を包んでいる袋なんだけど、たまにその胞衣が破れないまま生まれてくる人がいる。行基の家族は袋に包まれたまま生まれてきたのが気持ち悪くて、袋ごと木に吊るして捨てた。そこを旅の僧侶に救われたんだ」


「それ私よ。私も袋に包まれたまま生まれてきた。昔お父さんに聞いたことがある」


「そうなんだ。胞衣に包まれたまま生まれてきた人は神の子らしいのね。行基は袋に入れた子供の人形をある山の中の木の股においていった。その木は長い間に木の股に洞を作り、その洞の中に人形を飲み込んだと我が家では伝えられている」


「まさか私が泊まった木がそれだというわけじゃないよね」


「それがそうなんだ。我が家は1200年、新しい人形を作って、木の洞に袋にくるんでお守りしてきた。それがお照様。それ以降、我が家では夢解きの力を持つ女性が生まれてくるようになって、そのおかげで家が絶えなかったと言われている」


 そんなお照さまと百合の関係になってしまった。この罰はきっと重罪だ。


「ごめんなさい。こんなに人と話したの人生で初めてなの。もうこれ以上は無理。しばらくぼうとして、いろいろな妄想をして、やっと受け入れられるの。ここで死んだふりしていてもいいかしら。二時間くらい」


「コンビニから外に出ない?近くに公園あるから」

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