第2話 二つ目の夢

 しばらく気を失っていたようだ。気が付いたら私はまだ生きていた。病んでいるわりに、私は案外精神耐性が強い。あらゆる不幸や恐怖を妄想の中で体験しているから、いろんなことに耐性がある。処女なのに妄想の中ではもう何回も凌辱されている。


 その私が恐怖で失神するなど初めてだった。恥ずかしいが少し漏らして濡れている。私の場合、困難に出会うと脳内で無数のショートフィルムを頭の中で上演し、そうしながらなんとか現実を認識する。しかしこの時の恐怖はキャパを越えて気を失ったらしい。



 おそるおそる目を開ける。スマホを懐中電灯にして、視線のあったあたりを探る。心の中の感情の部分はもう飛んでいた。痛み止めの薬が痛覚を麻痺させてくれるように、何も感じない。妄想ショートフィルムの上演は一時停止中だ。今私の中で働いているのは理性のみ。だから恐怖も無い。


 漬物のポリ袋の外にあったのは、小さなポリ袋にくるまれた髪の長い日本人形だった。こういう状況でなければ可愛いかも。大きさは10センチほど。ここは2回目なのに前回どうして気が付かなかったのかはわからない。

 

 理性だけになった私は推理していく。この木は御神木で誰かがこの人形を、この洞に奉納したんだろうか。ここはあの小さな神社の境内だし、この木が神木だというのも納得できる。所有者がそこに人形を置いていて、何の問題もない。悪いのはそこに勝手に侵入しておしっこをちびっている私だ。


 危険はなさそうだった。いったん外へ出た。少なくともトイレはした方が良かった。着替えなんかない。つなぎで自分の肉体を密封しているから、問題ない。お風呂も必要ない。私は自分の臭いがないと眠れない性質だ。人工的石鹼やシャンプーの臭いは大嫌いだ。野生動物のようにトイレを済ませた後、もう一度木の高い枝に登って星を見る。さっきとは星座の配置が変わっている。


 一時間くらい夜空を見ていた。流れ星が見えた。どんなに長い間孤独に宇宙をさまよっていたか。何億光年か?妄想しきれず、気が遠くなる。あやうく一晩に2回目の失神を食らうところだった。


 おかげで気持ちは切り替わって、さっきの夢のことを思い出していた。お父さんについて北海道へ行ったら、私を取り込んでいたあの木や、凍りついた都市や、あの青年に会えるのだろうか。もう妄想は復活。それでこそ私だ。


 今住んでいる都会のタワマン最上階。広い窓がひきこもりには最悪だ。北海道の田舎なら引きこもりやすいかもしれない。


 高校二年生の時に、引きこもりはじめた。理由は特にない。友達もいなかったがそれで困ることはなかった。無視されても、何かを隠されても、囲まれてみんなになじられても、どうでもよかった。


 私はみんなを見下していたわけではない。ただ放っておいてほしかった。私はぼうっとして一人でいられたらそれでよかった。お父さんとはほとんど口をきくこともなく、母は小さいころ死んでいて、記憶もあやふやだ。世界には私は不要なのだ。


 それで満足していた。でもある日世界のすべてが私には激しすぎることに気づいた。そうもっとボリュームを下げてほしい。いい音楽も音が大きすぎるとただの騒音になる。それで自分の部屋に逃げ込んだ。それから二年。バイクの免許を取り、自分の部屋からも何回も逃げ出し、偶然埼玉の木の洞で雨宿りをして、自分の居場所を見つけた。でもその洞は地表とつながっていた。それでは世界からは逃げられない。


 それに秩父は少々遠い。探し回った。こんな高穴の木の洞はほんのわずかしかない。どんな巨木で洞があっても大抵は地表に接している。市原のこの木は私の大事な隠れ家になるはずだった。何回も下見をし、やっと房総半島の真ん中に見つけた私の隠れ家。人形が先に住んでいたとしても、この場所を捨てる気にはならなかった。


 木の洞に戻って、もう一度人形を観察してみた。怖くはなく、むしろ見守られていた。優しくはない。何があっても、たとえ私が殺されようが、助けてはくれない。ただ見届けてはくれる。私にはそれでいい。前より安心して目を閉じ、


「殺してもいいんだよ」


 とつぶやいた。妄想の中で人形とは百合の関係になった。心はまた安らかになった。夢の続きを見たかった。


 私はAV動画にはまっている。主人公の女子に成り代わっていろいろ体験している。最近の推しは親の借金を返すためにアナルなどのどんなハードな役もこなす19歳の子。この剃毛しているのだが、あそこが幼女のように閉じている。それと笑顔が女神。惜しいことに恥じらいがない。


 私の天職はAVビデオの脚本家だ。見たいのはお嬢さんがひどいことをされている事実じゃないのよね。それで精神が崩壊していく妄想なの。私ならこの女神のような笑顔と幼女のような女性自身を持っている女優さんが、ゴブリンの奴隷になる映像を作れる。


 人形と私は仲良くなった。妄想の中だけど。いろんなシチュエーションで絡んだ。もう私の世界の住人になった。いつのまにか寝て、二つ目の夢を見ているようだ。


 多分アンドロイドの部品を作る工場だ。奇妙に清潔で、数人が真剣に何かを作っている。未来の世界?作業台の上にはコンピューターや顕微鏡があって、私もそこで何かを作らされている。なんと作っているのは歯のようだ。


 さっきの夢がユートピアだったとしたら、ここはディストピア。妄想は夢の中でも夢と並列して始まる。人間は人工知能ガイアの奴隷で、ガイアの使徒のアンドロイドはより美しくなるために、奴隷に特別な歯を作らせている。


 人間はガイアとアンドロイドに支配されて、昼は工場で働き、夜は性奴隷になっているの?


 顔に表情がない。夢の中の私は、強制的に働かされているのだろう。周りの人々も同じだ。みんな無表情。


 誰かが私に声をかけた。なんと私はそれに笑顔で応えた。


「え?」


 笑顔?私、めったに笑わないんですけど。特に人前では。夢であっても。

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