二つの夢

神森倫

第1話 最初の夢

 バイクで房総半島の真ん中へ。アクアラインを走れば六本木から1時間ちょっと。


 一夜を過ごす予定。ホテルではなく大木の洞だ。ここは2回目。大木の洞に泊まるのに、今の私、はまっている。高穴といって少し高いところに、洞の入り口がある。小さいとリスや小鳥が住んでいる。人が入れるような大きな高穴は珍しい。


 装備も整えてある。といってもシュラフを人型に変えただけだ。人型のシュラフって笑えるものが多い。家で着てみて、ツボにはまった。もともと秋にバイクに乗る時は革のつなぎを着て温かくしている。その上に人型シュラフを着る。頭部もすっぽり覆う。外見は宇宙人のコスプレだ。


 目指す市原市の大木に着いたときにはもう夕暮れの気配がし始めている。ここはゴルフ場になるのを免れている小さな神社のある森だ。木に登り、洞をのぞく。中にまず大きな透明ビニール袋を広げる。漬物用の大きな奴だ。一回入って大丈夫なことを確かめる。


 準備完了。木から降りて、小さなアルミの折り畳みテーブルを置く。小さなアルコールストーブでお湯を沸かす。チタンシングルマグの600で沸かし、450に移して飲む。白湯を飲みながらコンビニの塩おにぎりを一つゆっくり食べる。水は途中のおいしい湧水を水筒に入れてきた。簡素な夕食だが、私のような世界にいらない存在にはこれで十分。


 そしてこの夕食はおいしい。それはコメや水がおいしいからだけど、私がこの場所を好きだからかな。


 木のてっぺんに近い、高い枝まで登ってみる。夕日が沈んでいくのをずっと眺めた。雲があるほうが夕焼けの空は美しいし、日が沈んだ後の空もいい。いつの間にか星が出てきた。妄想癖があると時間感覚が狂う。3時間くらいは一瞬だ。本当に暗くなったので、下に降りる。人型シュラフを着て、大木の洞に入る。


 夜はうつらうつらしてすごす。寝ているのか起きているのか、妄想していると区別がつかない。何回も夢を見る。私の夢は色彩がついている。私は夢だけでなく、記憶も鮮明な色付きの映像のフラッシュバックだ。過去の記憶は苦しいものが多い。


「悲しみよ」


 この呪文で記憶の苦しみを異世界のどこかの森に捨てる。この私の記憶の毒のかけらは異世界で醜いゴブリンになって人を襲うに違いない。美少女を捕まえてゴブリンの苗床にしている。


「く、殺せ」


 現実。夢。妄想。記憶。スキルでいえば並列志向。ラノベの賢者なら並列志向は有用なスキルだが、私の場合は治療が必要なくらいに病んでいる。でもまあここまでは生きてこられた。


 胎児のような格好で暗い中じっとしていると、いろいろな音が聞こえる。大きな木はかすかに呟く。その呟きが私に向けられたものではないのは分かっている。でも耳はその声を聞こうとしている。そして森の音。一つ一つはささやかなのに多彩で可愛い。その向こうに巨大都市東京の威圧的な低音。


 いつの間にか最初の夢を見ていた。私は大きな木の中にいる。空には満天の星。満月なのに空は暗く、星座はきれいだ。私の好きな南の魚座が見える。でも周りは純白の雪原だ。季節は冬のようだが寒くはない。暗いのに雪の白さがわかる不思議な夢。


 房総半島ではない。この木よりずっと大きな巨樹の中の広い空間で私は一糸まとわぬ姿で目を閉じている。夢だということはわかっている。胸は小さいが私のヌードも捨てたものじゃない。


 私は肌の色が白すぎて、普段でも青い静脈が気持ち悪いくらい見える。今日の夢ではいつもより静脈がはっきり青く見える。でも気持ち悪くはない。それに乳首の周りのピンクが少しエロイ。


 月が明るくなって、空間は薄青く暗く、巨樹の空間に封印されている私の体は月光に照らされて輝いている。ふと気づく。私を見ているのは私ではない。私の夢はそこにいる男の視点だ。男の無意識のエロスで自分の裸を見ている私。いつしか星が消えた。小雪が降ってきた。


 別の物語が始まり、日の出には少し早いが地平線は鈍く明るくなり、男は歩き出す。夢の中の私の視点も男と一緒に巨樹のもとを離れ、街の見えるところへ。雪は雨に変わり、冷たい雨は小さな都市を瞬く間に濡らし、冷たい風は都市を氷結させる。短い雨がさっとあがり、低い雲の間から一瞬だけ朝日が射すと、凍り付いた都市は水晶の光を放つ。


 ここで夢から覚めた。東京という巨大都市は低音でうなり続け、森は風になぶられ、木は呟き続けている。市原に帰ってきた。巨樹の胎内に。


 お父さんが北海道へ行くことになった。唐突に人生の分岐点が現れて私は途方に暮れている。だからここに隠れている。選択できない。でも大木に封印された永遠の少女の夢(十九歳で少女は図々しいかな?)を見た。


 この夢は予兆なの?父について北海道へ行った未来の。夢は私に北海道へ行けと言っているのかな?そこであの男に会うのかも。


 時間を知りたくてスマホを出してみた。深夜の三時だ。スマホの小さな灯りが誰かの目を照らす。誰かの二つの目が光っている。恐怖のあまりあるったけの大声で叫んだ。誰かが私を見ている。


 逃げ場のない閉じた場所に何かいる。恐怖で頭が真っ白になり、震えて動くことができない。恐ろしいことが起きるのを凍りついたまま待った。頭の中では妄想が始まる。小さな肉食獣の群れに襲われる映像や、ゾンビが叫びをあげて襲ってくる映像や恐ろしい映像が次々に駆け巡っている。洞の中で自分が腐敗し白骨になるのも見届けた。

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