醒めない夢の思春期グラフティ

その日、少年は恋をした。通学初日、同じ車内に居た少女に一目惚れした。

始まりは、さりげなく、どこにでも居る夢見がちな男子高校生の恋物語のようです。話し掛ける勇気もなく、少女をそっと見守るだけ…片想いは一方通行で、夢は夢で終わるものです。

しかし、お節介な別の美少女の出現で、運命は思わぬ方向に動き出します。
会話も軽妙にして、折り重ねられるエピソードもコミカルで面白い。同時に切ない結末を予感させる序盤の展開でもあります。
そこに主人公である少年の過去が交錯し、感情の起伏、考え方や捉え方の進化が丁寧に描かれていきます。時間軸がドラマに深みを与えるのです。

子供の頃、学校で嫌なことがあった。善意に満ちた行動だったのに裏切られて、素直になれなくなった。クラスメイトとの付き合いも他人行儀で、無関心。それが徐々に変化します。

「こんな感情もこの世にはあるんだ」「世界はまだまだ捨てたものじゃない」(第二十七話より)

トラウマを克服し、真っ直ぐに前を向く少年の成長譚のようにも見えますが、それに留まりません。記憶から消し去りたかった子供時代の思い出。もっと奥には、現在に繋がる重要な鍵が落ちていました。

忘れ去り、見落とし、思い出そうともしなかった。主人公は優しくナビゲートされ、過去の扉の前に誘われる…

後半、意外な展開が待ち受けています。少女の奇妙な行動には訳があった。謎解きの要素も手伝って、読者を魅了します。

そして、エンディングには満足感と達成感も待っています。不思議な爽快感とも言えましょう。こんな恋の結末もあるのか、と感嘆します。

「すべてから逃げ出した僕(第四十話)」が着地した場所とは、どこか?

少し風変わりで、ちょっとだけ色っぽく、いつだって慈しみ深い。そんな青春の断章をお求めの読者諸氏に、男女を問わず、お薦めしたい濃厚な恋物語です。

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