母の手料理
小烏 つむぎ
母の手料理
ノートパソコンの
マンションの11階から見えるのは小高い
ベランダの窓で切り取られたような空に夕暮れの気配が
そういえば明日は私の52回目の誕生日だ。きっと家族からお祝いのラインが届くんだろうなと、カレンダーを眺めながら口元が緩んだ。
さて、そろそろ晩御飯の準備でもするかと、台所に灯りをつけ冷蔵庫の扉を開けて中を見る。すうっと冷気が
昨日作った
どうせ一人なんだしと料理するのがだんだん
私の夫は
長女が幼稚園に通い始めて始まったお弁当作りは、去年次女の進学とともに卒業した。おかしなものでそれまで私は料理好きなんだと思っていたのだけれど、終わってみると肩の荷が降りたように思える。今は気ままな一人暮らし、
ならばコンビニにでも行こうかと財布と部屋の
『明日帰る 駅18時45分着 お迎え、よろしく』
誕生日に娘が帰ってくるのが嬉しくて、私はさっそく返事を打ちこんだ。
『帰れるの? 了解 気をつけてね』
『カボチャのスープ 飲みたい』
『わかった 作っとく』
『感謝』
さて、コンビニからスーパーへ行先変更だ。私はなんだか気持ちが浮き上がるのを感じて、車の鍵に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
翌日、私はヤル気満々で台所に立っていた。
買って来たラグビーボールのような形のカボチャに、エイッと包丁を突き立てる。湿った鈍い音をたてて、カボチャが二つに割れた。濃い緑の皮が隠していた綺麗なオレンジ色の実が現れた。タネを取り、皮を剥ぎ、適当な大きさにズサッズサッと切っていく。
鍋にバターを溶かすと、湯気ととにもふくよかな香りが漂った。玉ねぎ、にんじんを加えると、しばらくして炒めた玉ねぎとニンジンの香りが混じる。
うーん、いい香り。
あの頃ニンジンが嫌いだった娘たちに、小さくして混ぜてみたらとアドバイスをくれたのは母の
いい香りの炒めた野菜にコンソメスープを注いで、
「トマトはあれ、
そう教えてくれたのは
コトコト、コトコト。ほんわり湯気のたつ鍋が鳴っている。
トマトとローリエを取り出して、鍋にクリームチーズを落とす。これは私の
オレンジ色のカボチャとニンジンのスープに浮く乳白色のクリームチーズが夕焼けの海に浮かぶ
ブレンダーをセットして鍋に突っ込むと、大げさな音がして形を保っていた野菜たちが崩れていった。残るのはぽってりと鮮やかなオレンジ色のスープだ。ここに生クリームが我が家流。ちょっと贅沢だけど初めて生クリームを入れたスープを口にしたときの夫の目の輝やきが忘れられないから、これは
さて、スープは出来た。メインは
鶏肉に塩を揉み込んでいたら、テーブルの上のスマホが鳴った。急いで手を洗って電話に出る。長女の
『あ、お母さん? 私、サヤ。
『そう、
『うん、あのさ、私も帰る。時間合わせるから、迎え頼むね』
『わかった。楽しみにしてるよ』
娘たちが揃うのは久しぶりだ。私は舞い上がるような気持ちで料理の続きに戻った。
トマトと白ワインを煮込んだソースはたっぷりあるから人数が増えても心配ない。鶏肉は大急ぎでもうひとつ準備した。フライパンで焼くつもりだったけどオーブンに任せよう。オリーブオイルを塗って天板に乗せる。そうそう、周りで野菜も焼こうと、ジャガイモとニンジンも並べてみた。オーブンのスイッチを入れる。帰って来た頃には美味しく焼けて、いい香りが部屋に漂っているだろう。
テーブルに人数分のカトラリーとグラスを出しておく。子どもたちの箸や食器が食卓に並ぶのも久しぶりだ。料理がなくても食器だけで賑やかだ。ここに夫の物も並べたいなと思った。
さあ、そろそろ迎えの時間だ。
私は台所の灯りを消して、玄関に向かった。
◇ ◇ ◇
駅の駐車スペースは混み合っていた。しばらく周囲をグルグルまわり、出ていく車と入れ違いに駐車する。
「着いた」と娘たちにラインを送るとしばらくして駅から子どもたちが現れた。
なんと夫の姿もあった。娘たちが声をかけてくれたらしい。夫は小さな花束を、娘たちは駅に入っている有名なケーキ屋の箱を抱えていた。
あぁ、何て最高な誕生日だろう!
車の中と私の心は家族の声で満たされた。
母の手料理 小烏 つむぎ @9875hh564
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