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 晴れ晴れとした日曜の昼過ぎ、おめかしをした広美はマンションにタクシーを呼んだ。ドレスをまとうのは久しぶりで、ちょっとそわそわした気持ちでシートに座った。

 住宅地を抜け、大通りに出る。道は混雑していた。とろとろと、広美を乗せたタクシーは進んだ。

「まーた、変な法律が通っちゃったなあ」

 ふいに運転手が声をあげた。彼の目は、ニュースを報じるカーラジオへ向いていた。

「お客さん。これ、まずい法律みたいですよ」

「どうまずいんです?」

「そこは難しくてよくわからないんですけど」

 運転手がかぶりをふった。

「でも、どうにかしないといけませんよ」

「どうにかって?」

「いや、それは、よくわかりませんけども」

 彼が盛大なため息をつく。

「あー嫌だ嫌だ。あくせく働いているうちに、どんどん変な世の中になっちまってね。気がりますよ。ねえ、お客さん、そう思いません?」

 そうですね、と返しながら、自然と笑みがこぼれた。

 なるほど、それもアリかもしれない。

 遼と出会ってからの二年半で、広美は学んだ。素晴らしい圧迫は、肉体に限らないこと。やりすぎれば危険が伴うこと。

 次はもっと上手くやれる。しかしそんな出会いが、そうそうあるとは思えない。今日この日を最後に、味気ない生活がつづくのだとあきらめかけていた。

 けど、そうか。生きていればいいだけなんだ。そうすれば向こうから、圧迫は勝手にやってくる。

 できるだけ安全に、末永く、包まれてやろう。

「ラジオ、もう少し音をあげてくれます?」

 フロントガラスの向こうに、背の高いビルが見えた。駅のそばの、高級に入る部類のホテル。風間遼と花岡紗彩の結婚式に、広美は向かっている。

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素敵な圧迫 呉勝浩/小説 野性時代 @yasei-jidai

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