第6話

 私の手を掴んでいるのは、あの落ち武者……のはずなんだけど、最初に見たときより綺麗な姿。

 髪の乱れはないし、鎧は傷一つない。

 そして、無言で私を掴んで離さない。


 先生は、蹲ったまま。

「先生! 二宮先生!」

 叫んでも聞こえているのかわからない。


 私の腕を掴んでいた力は、より強くなる。そして、私を引っ張りながら城址があったほうに向かい始めた。

 やがて先生の姿は、土埃が舞い始めて見えなくなっていた。


 怖い。どうしよう。

 私は過去の世界、幽霊になった人たちの遺恨の世界に引きずり込まれちゃう?

 このまま、私は死んじゃうの?

 涙で景色がぼんやりしてくる。


――もしも、また幽霊を視たときは、意識しすぎないようにしたらいいわよ。


 二宮先生の言葉を思い出した。

 でも、腕を掴まれ、引っ張られている状況で意識しすぎないなんて、無理だ。

 振り払えないし、逃げられない。

 だけど。

 怖くてもこのままだと、私は私が生きてきた世界に帰れなくなるんだよね?

 それは、いやだ。



 腕なんて見えていない。

 私は先生から離れてはいけない。

 引っ張られてなんかない。

 いつでも私は、私の意志で立ち止まることができる。



 腕の痛みより、恐怖より、死にたくないと、願う。強く。



 ――――激しく鳴らされたクラクション。


「危ないよ!」


 交通整理をしていた警察官が、私の前に立ちはだかる。

 私の視界は現実に戻ったようだった。


 警察官がいなかったら、もしかしたら私は……


 ちょうど最初に武将の幽霊を視た場所が少し先に見えた。

 あの武将は、真新しい鎧姿からぼろぼろの鎧姿に変わっていく。

 ぼんやりとそれを見ていると、二宮先生が慌てながら私に抱きついた。

「よかった!」


 

 クラスメイトたちは、無事に遊園地に着いていたらしい。

 各自がアトラクションを楽しもうとしたとき、激しく雨が降り出したと聞いた。

 天気予報では晴れだったのに……と、みんな文句を言っていた。


 遊園地と駐車場は道路を隔てていて、横断歩道と押しボタン式の信号があるけど、よく事故が起きる場所だとか。

 今回の事故で、歩道橋の設置が決まったようだった。事故の負傷者は軽症だと聞いて、私はほっとしたのだった。


 武将の幽霊を見てから、私はすっかりになったらしく……


 幽霊を視たとき、気づいたことがある。

 少し離れたところから、あのときの彼が私をみている……ということを。

 もしかしたら、いつも私のそばにいるのかもしれない。




〈了〉

 


 

 


 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佇む 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ