第12話:奇術の戦士

 【トリックプラグイン】。

 バスターズ隊員が使用するプラグインの一種であり、香恋かれんが主戦力として使用するものでもある。

 トリック奇術と名がつく通り、搦手による戦闘に特化した能力を使用者に与えるプラグインだ。

 主な特殊能力は『位置の入れ替え』。

 任意の物質等の位置を自在に入れ替える事ができる。

 ただし何でも入れ替える事はできない。

 無機物であれば無機物と、有機物であれば有機物としか入れ替えはできないのだ。


 香恋は大型級のシンが放つ卵を防ぎ続ける。

 その姿を見て、健太けんたは彼女がどうやって船上に来たのかを理解した。


「なるほどな……港で拾った生ゴミを投げて来たんだな」


 どんなプラグインを使用しても、変身すれば身体能力は人間のそれを軽く超える。

 つまり健太の推測はこうだ。

 香恋は港で拾った生ゴミ(魚の頭)を、シンがいる方角に向かって全力で投げた。

 そして生ゴミは有機物。香恋は自分の身体と生ゴミに位置を入れ替えて船の上に現れたのだろう。


「とりあえず今は香恋に任せて……動ける人を逃さなきゃな」


 健太は自力で動ける漁師三人に呼びかける。

 変身状態であれば大人三人を運ぶのは容易い。

 両脇に漁師を二人抱えて、残り一人は足にしがみついてもらう。


「香恋、防御任せた!」

「うん!」


 シンの攻撃を防ぎ続ける香恋を背にして、健太は翼を広げて飛翔した。


「――――――――――――!」


 大型級のシンは変わらず卵の弾幕を撃ち続ける。

 しかしその攻撃は香恋に通用しない。


「卵は有機物。そして頑丈といってもシンの身体も有機物!」


 香恋が船の前に展開している巨大な輪っか。

 それは位置の入れ替えをするためのゲートである。

 そして有機物同士であれば能力は有効。


「卵と身体の一部を入れ替える!」


 香恋の能力によって位置を入れ替えられる卵。

 入れ替え対象は巨大なシンの身体の一部。

 攻撃を防がれただけではなく、シンは身体を抉られてダメージを負ってしまう。


「――――――――――――!」


 怒りの咆哮を上げる大型級のシン。

 さらに激しく卵を撃つが、通用はしない。

 香恋は変わらず、卵とシンの身体を入れ替える。

 しかしシンも一筋縄では行かない。


「やっぱり大型級……もう再生し始めてる」


 卵と位置を入れ替えられ、抉られたはずのシンの身体。

 その傷は既に元通りになり始めていた。

 だが時間稼ぎならできている。


「このまま変なことされなければ」


 香恋がそう呟いた瞬間、シンが攻撃の手を止めた。

 嫌な予感がする香恋。その予感は的中した。

 シンの口から光が見える。


「学習した!?」


 シンとの戦闘は短期決戦すべし。

 それはバスターズ隊員に必ず教えられる事であるが、その最大の理由がこれである。

 シンは戦いの中で学習して、知性を育てる。

 学習したシンは戦い方を変えて、こちらほ翻弄する。


「――――――――――!」


 大型級のシンは口の中に集まった光。

 その濃度は急上昇して……一気に解き放たれた。


「ッ!? ゲートトリック!」


 香恋は落ち着いて輪っかを大きくする。

 シンの口から放たれた巨大なエネルギー光線。

 それから船を守るように、輪っかで受け止める。

 当然、輪を通過した光線は位置を入れ替えられるのだが。


「私ってるかな? 空気もエネルギーなんだよ!」


 シンが放ち、輪っかに飲み込まれた光線。

 その出口は、大型級のシンの真上に現れた。

 極太のエネルギー光線が、シンに命中する。


「――――――――――――――!」


 咆哮を上げるシン。しかし大きなダメージは受けていない。

 流石に自分の攻撃で傷を負うようにはできていないのだ。


「やっぱり倒すのは無理か」


 香恋は眉間に皺を寄せる。

 だが時間なら稼げる。今はこれで行こう。

 シンが放つ光線を防いでいると、船に健太が戻ってきた。


「香恋、大丈夫か!」

「時間は稼げるけど、やっぱり倒すのは無理!」

「時間さえあれば十分だ」


 健太は船上で横たわっている石田に近づく。

 シンの卵が寄生していた腹部を見ると、明らかに卵が大きくなっていた。


「うぅ……ぐぅ……」


 石田の口から苦悶の声が漏れている。

 意識も消えかかっていた。


「不味いな、港で治療しようと思ってたけど絶対間に合わないぞ」


 医療隊員としての経験からくる勘。

 健太はやむを得ないと判断して、インジェクトガンからプラグインを抜き取った。

 そして代わりにメディカルプラグインを挿し込む。


medicalメディカル

「インジェクト!」


 引き金を引いて、健太はメディカルプラグインの力を自身に注入した。


uploadアップロード medical》


 衣装の色が変わり、変身が完了する。

 激しく揺れる船上ではあるが、今ここで治療する他ない。

 健太は過去に経験した事がない程の集中力を発揮して、卵の切除に臨んだ。


「卵の根が深い……メディカルの力でも簡単にはいかないぞコレ」


 しかし成さねば患者の命が危ない。

 健太は落ち着いて、丁寧に寄生している卵の根を取り除いていく。

 同時に発生する傷や出血も癒す。

 二つの作業を同時に行なっていく健太であるが、やはり揺れる船が妨げとなる。

 だが焦ってはいけない。とにかく自分の頭を冷やしながら、健太は治療を続けた。


「先輩の邪魔はさせない!」


 香恋も後ろの二人を守るために、シンの攻撃を防ぎ続ける。

 連射されるエネルギー光線。

 しかしその猛攻が止まった。

 香恋の胃に冷たい重さが襲いかかる。

 時間がかかったのだ。シンが学習するだけの時間が。


「……絶対に守るから」


 香恋はシンの攻撃に備えて構える。

 どんな攻撃を撃ってきても、トリックプラグインの能力で防ぐ。

 しかし大型級のシンは、何も撃ってこなかった。

 変わりにシンは胴体から生えた八本の脚を動かして船に迫る。


「えっ!?」


 そしてシンの口周りから生えている、巨大なイカの触手。

 その十本の触手を動かして、物理攻撃を仕掛けてきたのだ。

 香恋は先程までの余裕が全て吹き飛んでしまう。


「ちょ、ちょっと! そのサイズの物理攻撃って!」


 いくらトリックプラグインといえども、これほど巨大な物理攻撃は流石に防げない。

 位置を入れ替えようにも、先程の卵と違って適切な入れ替え先が無い。

 香恋の頭は真っ白になった。

 この一撃は、どうにもできない。


「っ!」


 思わず目を閉じてしまう香恋。

 ここまでか。


「なるほど、ヒカリ先生が気にいるわけだ」


 香恋が諦めそうになると同時に、突然男の声が割り込んでくる。

 次の瞬間、シンの苦悶の声が鳴り響いた。


「――――――――――――――――――!」


 シンの攻撃が当たった様子はない。

 香恋が恐る恐る目を開けると、目の前には一人の男が立っていた。

 ボサボサの黒髪と無精髭の男。

 その右手には、剣のようなものが握られていた。


「貴方は……」


 香恋は目の前にいた男、五十嵐いがらしはじめの存在に驚いた。

 そして襲い掛かろうとしていたシンの触手は、そのことごとくが斬り落とされている。

 状況からして、五十嵐がやったのだろう。


「ここまでよくやった……後は俺に任せろ」


 そう言って五十嵐は、香恋を後ろに下がらせる。

 石田の治療をしていた健太も一瞬だけ顔を上げた。

 五十嵐の存在を確認して健太も驚く。だがそれ以上に、彼が手にしていた剣に対して、健太は強い衝撃を受けた。


「インジェクトソード……なんで」


 五十嵐の手にしていた装備、インジェクトソード。

 それはバスターズ隊員なら知らぬ者は存在しない、特別な装備であった。

 健太の声が聞こえたのか、五十嵐は少しだけ後ろを振り向く。

 そして口元に小さな笑みを浮かべると、懐から一本のプラグインを取り出した。


「ここで出会ったのも何かの縁だ……特別に見せてあげよう」


 五十嵐が手にしたプラグイン。

 そこには『saviorセイヴァー』と書かれていた。


「これが、始まりの力だ」

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