第4話:光里町へ
ヒカリ先生がインジェクトロッドで認識阻害をかけたおかげで、
そして電車に揺られて二時間。
二人はヒカリ先生の案内で
「海の町、光里町へようこそ……だって先輩」
駅前の看板を読み上げる香恋。
健太はそれに反応せず、軽く周囲を見渡していた。
「駅だけど、人はあまりいないんだな」
「そうね。ここは所謂ど田舎って場所よ」
ヒカリ先生が軽く町について説明をしてくれる。
光里町は海に隣接した港町で、漁業が盛ん。
人口はそれほど多くはないが、子供は田舎にしてはそれなりにいるらしい。
公共交通に関しては、あまり当てにしてはいけない。
コンビニはあるが、数は少ない。
「とまあ、こんな感じ」
「ざっくりと分かりやすい説明ありがとうございます」
礼を言う健太。おおよそ想像通りの田舎町だ。
上手く身を隠す事が出来れば良いのだが、と健太が考えていると。
「さぁて。まずは住む家が必要だね」
「あの……ヒカリ先生。私達未成年だから不動産屋さんで契約できないんですけど」
香恋の言う通りであった。いくら田舎町とはいえ、住む場所を得るには不動産屋が必要。
家を借りるにしても未成年だけでは無理だ。
しかしヒカリ先生は問題ないと言わんばかりに笑う。
「そんなの問題ないわ。だって今から行く場所はワタシが管理しているアパートだもの」
ヒカリ先生の言葉に驚きつつも、健太と香恋はそのアパートに到着した。
駅から徒歩で三十分。アパートの名前は
見た目はいかにもなボロアパートである。
住む場所の提供には心底感謝していたが、健太と香恋は少し不安になった。
そして201号室に案内される二人。
中は1K、Wi-Fi完備、最新エアコン完備、風呂あり(バランス釜)、すきま風あり(すきま風発生ボタンあり)。
「半年前にリフォームしたばっかりだから、中々良いと思うわよ」
そんなヒカリ先生の言葉に、香恋は少し目を輝かせて新天地での生活を夢見る。
だが健太は……心の中で容赦なく叫んだ。
(バカだ……バカの物件だ)
何故半年前にリフォームして、すきま風が残っているのか。
そもそも、すきま風発生ボタンとは何なのか。
それはともかく。
どうせ帰る家も無い二人は、即決でこの部屋を借りる事にした。
家賃は月二万円。敷金礼金なし。
こうして、健太と香恋の光里町での生活始まった。
◆
一ヶ月後。
光里町にある定食屋「
健太と香恋はここで働いていた。もう顔を隠す必要もない。
ちなみにこの職場もヒカリ先生の紹介である。
「いらっしゃいませー!」
お昼の定食屋は大忙し。
香恋は接客と配膳担当。
若くて可愛らしい香恋は、すぐにお店のマスコットになってしまった。
「おっ、香恋ちゃん今日も可愛いねー」
「えへへ、ありがとうございます」
「あっ、俺日替わりね」
「じゃあ俺も」
「はーい。洋次さーん、日替わり二つお願いしまーす!」
「あいよー」
厨房では店主の
健太も香恋も、この店主には心底感謝していた。
初対面で訳ありだと察したにも関わらず、深掘りせずに雇ってくれたのだ。
ヒカリ先生曰く、訳ありの気持ちを痛いほど知っている人らしい。
「よいしょ、よいしょ」
店の奥から小柄な臨月の妊婦が出てくる。
店主の妻である
「あっ、三香さん! 今から病院ですか?」
「そうなの〜」
小学生かと見間違うくらい小柄な妊婦と、女子高生の会話。
そんな不思議な光景を、客は微笑ましそうに見ている。
「三香、気をつけてね」
「わかってますよ〜」
そう言い残して出る三香。
そんな彼女を見届けて、香恋は呟く。
「いいなぁ、赤ちゃん」
「香恋ちゃんも旦那に仕込んでもらいな!」
「ほんと……ほんとにね」
客の冗談に、香恋は自虐的な表情を浮かべる。
一つ屋根の下でも、健太は手を出してこないのであった。
◆
一方その頃。
健太は自転車に乗って出前の配達をしていた。
健太は主に調理補助と配達係である。
「えーっと、あとは店に戻るだけか」
配達が終わり、自転車で店に戻る健太。
その道中、ここまでの事を考えていた。
光里町は良いところだ。空気の美味しい田舎の港町。
住民もいい人ばかりで助かっている。今のところ、バスターズへの差別意識は見ていない。
そして結局、ヒカリ先生は本当に敵ではなかったらしい。
健太と香恋は何度か鎌をかけてみたが、バスターズとも関係無さそうだ。
ただしインジェクトロッドの出所については教えてくれなかった。お世話になっているので、健太と香恋もこれ以上追求するつもりはない。
この一ヶ月、健太と香恋は本当に平穏な生活を送っていた。
この一月、光里町にシンが出てきてないというのもあるが、やはり住む家と仕事があるというのが大きい。
大家のヒカリ先生に、如月屋の夫婦。
この町の人達には本当に頭が上がらないと、健太は考えていた。
◆
夜になると仕事が終わり、健太と香恋はアパートに戻ってくる。
物はそれほど増えてないので、どこか殺風景な部屋である。
強いて言うならタンスの一番下の段に、健太が持ち出してきたインジェクトガンと三本のプラグインが隠されている事。
そしてもう一つは、部屋の片隅に骨壷の入った箱が置かれている事くらいである。
「ただいま、
「ただいま、鈴ちゃん」
健太にとっては妹、香恋にとっては亡き親友に挨拶をする。
ようやく落ち着く事ができた二人は、いずれ墓を建てようと計画していた。
とは言うものの、それはまだ先の話。
今は少しでも貯金をしたい時期であった。
「じゃあ先輩、先にお風呂入ってきていい?」
「いいぞ」
「……一緒に入る?」
「入らねーよ!」
顔を真っ赤にして突っ込む健太。
実はこれが最近の健太の悩み。
(香恋のやつ……なんか最近攻めが強すぎるだろっ!)
香恋の健太に対する誘惑が強烈過ぎるのだ。
健太は毎日、己の理性を必死に保っている。
(冷静に……冷静に理性を保つんだ)
相手は妹の親友。色々事情はあるが、手を出したら終わる。
深呼吸して、心落ち着ける健太。
そんな事をずっと続けているせいで、気づけば時間も経過していた。
「せんぱーい! 出たよー」
「あぁそう……ぶふぉ!?」
健太は心を落ち着ける為に飲もうとしていた麦茶を吹き出した。
女の子の香りがする風呂上がりの香恋だけでも刺激が強いのに。
何を思ったのか香恋は健太のTシャツを着ていた。
「おいそれ俺のシャツ!」
「いやぁ、なんか良い感じで」
さらによく見ると、同年代の中では大きい香恋の胸の辺り。
二つの突起が浮かび上がっている。
(コイツ……下着つけてないな!?)
「先輩……今日は一緒の布団で寝る?」
「寝ないし今から風呂入るし下着つけろし」
健太は顔を真っ赤にしながら風呂場へと向かって行った。
そんな彼の背を見届けて、香恋は小さく呟く。
「……ヘタレ、にぶちん」
そして風呂に浸かりながら、健太は考える。
(今の生活が心地良い……この生活が続いてくれればな)
ようやく訪れたのかもしれない平穏。それが大切な存在へと変化している。
そしてその思いは、香恋も同じであった。
◆
翌朝。
健太と香恋は仕事のためにアパートを出る。
するとアパートの前でヒカリ先生が箒を手に掃除をしていた。
「ヒカリ先生ー! おはようございます」
「おはようございます」
「あぁ香恋に健太、おはよう。ここの生活にも慣れてきたみたいだね」
「えぇ、おかげさま」
健太がそう言うと、ヒカリ先生は彼をジッと見る。
「……インジェクトガン、もう持たなくていいのかい?」
「アレは……もう必要ない筈なんで」
「そうかい。これから仕事だろ? 引き止めて悪いね」
健太と香恋はそのまま仕事へと向かう。
そんな健太の後ろ姿を見ながら、ヒカリ先生は静かに言った。
「手放しは、しないんだねぇ」
◆
まだ開店前の如月屋に到着する健太と香恋。
店主の洋次は仕入れに行っているので今は不在。
なので今この建物には三香しか居ない筈である。
「おはようございまーす!」
香恋が店に入って元気に挨拶をするが、返事はこない。
「あれ?」
「おはようございます」
「ねぇ先輩。挨拶しても返事がこない」
「洋次さんなら仕入れだろ」
「三香さんの声も聞こえない」
「まだ寝てるとかじゃね?」
軽く考えていた健太。
しかしよく耳に集中してみると、二階から弱々しい声が聞こえる。
嫌な予感がした健太は、すぐさま二階の自宅部分へと向かった。
「三香さん! 居ますか?」
健太が声のする部屋の扉をノックすると、中から三香の声が聞こえて来た。
「もしかして……健太、くん?」
「なんか苦しそうな声が聞こえたんで来ました! 開けますよ!」
健太が扉を開けると、そこには倒れ込む三香の姿があった。
足元は酷く濡れている。
「三香さん、大丈夫ですか!?」
香恋が慌てて三香に駆け寄る。
一方の健太は冷静に状況理解していた。
「破水だ……」
「えっ!? てことは、これから産まれるの!?」
「俺も香恋も車の免許無いからな……香恋、店の電話で救急車呼んで」
「わかった!」
健太と香恋は携帯電話を持っていない。
なので急いで一階に降りていく香恋。
健太はとりあえず、これからやるべき事を考える。
(まずはバスタオルを用意して三香さんに挟んでもらって……それから洋次さんに連絡をして)
「三香さん、救急車すぐに来るって!」
「ありがとう……香恋ちゃん」
香恋の報告に安堵の表情を浮かべる三香。
後は救急車で病院まで運んでもらえば良いのだが……健太の心には何か形容し難い不安があった。
(三香さんの体格って……いや、まさかな)
健太の脳裏に一瞬、最悪の光景が浮かぶのだった。
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