第2話:インジェクト!
当てもなく町を彷徨う健太と香恋。
偶然目に入った町の掲示板には『バスターズ反対』『無能は出て行け』といった張り紙が何枚も貼られている。
「……先輩」
「この町は、早めに出よう」
不安気に健太の服の裾を掴む香恋。
健太は苦虫を噛み潰したような顔で、この町を出ようと提案した。
別にこういう張り紙は珍しいものではない。
今や何処に行っても目に入ってしまう。
だが、バスターズ関係者からすれば不安の種でしかない。
とにかく安全安心な場所を探そう。あるかも分からない安住の地を求めて、健太と香恋は歩みを進める。
駅の近くに出て来た。老若男女、通行人が入り乱れている。
健太が「切符を買わなきゃな」と考えた、その時であった。
耳を引き裂く爆発音が鳴り響く。
音の方を見ると、駅近くのビルで爆発と炎上が起きたようだ。
周囲の人々はパニックを起こして逃げ始めている。
そんな中、健太と香恋は比較的冷静であった。
「ねぇ先輩」
「あぁ、多分出たぞ」
こういう事は嫌という程経験してきた。だからこそ分かった、この後に姿を見せる厄災を。
ビルから
そして間髪入れず、異形の影は最も人の多い駅の前へと降り立って来た。
それは健太と香恋がいる場所の近くでもあった。
「ギャァァァァァ!」
カマキリのような腕と人ならざる頭部を持つ怪物。
二足歩行という点だけは人間と同じだが、真っ黒なそれは怪物としか形容できなかった。
怪物の登場によって、人々のパニックは頂点に達してしまう。
悲鳴をあげて我先と逃げる人々の中、健太と香恋は怪物を注視していた。
「シン……こんな町中で」
「兵士級か。香恋、逃げるぞ」
群衆に紛れて、健太は香恋の手を引いて逃げようとする。
「あっ、でも」
「シンが出たならすぐにバスターズの隊員が来てくれる。わざわざ俺達が戦う必要はない」
「……うん」
どこか悔しそうな様子で香恋は頷く。
香恋も頭では分かってはいるのだ。今ここで戦って、自分達がバスターズであるとバレる事がどれだけリスクとなるのかを。
しかし香恋の心が後ろ髪を引っ張っていた。
町で暴れるシンに背を向ける健太と、後ろを向いてしまう香恋。
周辺の人々は悲鳴と共に逃げ惑っている。
「あっ」
その時であった、香恋の目に一人の少女が映った。
小学校低学年くらいの少女が、足を負傷して動けなくなっている。
恐らくシンが破壊した建物の破片がぶつかったのだろう。
「お母さーん! どこー!」
泣き叫ぶ少女に、シンが近づく。
シンは人間を殺す事しか考えていないとされている。
シンはゆっくりと、恐怖を煽るように少女へと近づいている。
「ッ!」
「香恋!」
香恋は健太の手を振り払って、少女の方へと走り出した。
「逃げるよ!」
少女を抱き抱えて、香恋は逃げようとする。
しかしシンは既に目の前に迫っていた。
シンの腕でもるカマキリの鎌が、香恋と少女に襲いかかろうとする。
「オラァ!」
しかし寸前のところで、健太の飛び蹴りが命中。
シンは横方向に倒れてしまった。
「その子連れて逃げろ!」
「先輩は!?」
「ここまできたら仕方ないだろ!」
香恋と少女に逃げるよう指示する健太。
それと同時に健太はジャケットの内側から近未来的なデザインの銃『インジェクトガン』と、スティック状のアイテム『プラグイン』を取り出した。
起きあがろうとするシンを見据えながら、健太はインジェクトガンにプラグインを挿し込む。
《
ガイダンス音声が流れると、健太はインジェクトガンの銃口を自身の左手首に押し当てた。
「インジェクト!」
引き金を引き、プラグインに込められていた超常エネルギーが健太の全身に注入される。
エネルギーは健太の全身を作り変え、服装までも変える。
服装は淡い光を放つ紫のロングコートになり、髪色は黒から青へ、そして頭部には二本の角が生えていた。
《
ガイダンス音声が流れ、健太の変身が完了する。
これがバスターズの戦闘形態。
プラグインを用いた戦士の姿である。
「他のバスターズが来たら逃げる。香恋も用意しとけ!」
「わかった」
そう言い残し、香恋は少女と共にその場を離れた。
そんな彼らを電柱の上から眺める者が一人。
先ほど健太とぶつかった金髪の女性である。
女性は大きな本を広げながら「さぁて、お手並み拝見」と呟くのだった。
シンは腕の鎌を使った容赦のない攻撃を繰り出してくる。
一度でも受ければただでは済まない攻撃。
しかしそれを健太は強化された身体能力を駆使して上手く回避していく。
攻撃の余波で道路など周辺がズタズタに切り裂かれているが、今は気にする場面ではない。
(さぁて、敵さんの切れ味はかなりのもんだな。兵士級とはいえ面倒だ)
他のバスターズ隊員が来るまでと考えていたが、これは迂闊に時間をかけない方が良い。
そう判断した健太はシンから距離を取り、右手に紫色のエネルギーを溜め込む。
そしてシンの腹部目掛けて、そのエネルギーを射出した。
「ギャァァァァァ!?」
エネルギーが変質した液体を喰らって、悲鳴を上げるシン。
その腹部はドロドロに溶けていた。
「シンとはいえ、流石に強化王水は痛いらしいな」
これがポイズンプラグインの能力。強力な毒を自由自在に生成する事ができる。
激しい痛みから激昂するシン。しかし動きは単調になった。
健太は腰からインジェクトガンを取り出し、シンの両足を撃ち抜く。
「ギャア!?」
両足首が吹き飛び、転げてしまうシン。
健太は静かにそれへと歩み寄る。
その右手には、先程以上に濃い紫色のエネルギーが溜め込まれていた。
もはや有機物であれば何でも死に至らしめる猛毒の塊。
それをシンにぶつけようと言うのだ。
「消えろ」
健太は短くそう吐き捨てて、右の拳でシンの頭部を叩き潰した。
同時に強烈な毒がシンの身体を溶かし尽くしていく。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァ!」
断末魔が響くも、数秒程度でシンは黒い粘液へと変わってしまった。
誰が見ても間違いなく死んでいる。
これで一応状況は終了。
シンを撃破した健太は周囲を見回し、香恋と少女の元へと駆け寄る。
「大丈夫だったか香恋」
「うん。でもこの子が」
健太は怪我をしている少女の足を確認すると「任せろ」と言った。
インジェクトガンからプラグインを一度抜き取る健太。
そのまま裏返して再びインジェクトガンに挿し込む。
《
「インジェクト」
銃口を左手首に押し当てて、健太は引き金を引く。
すると先程まで紫色だったコートが、医師を思わせる純白のコートへと変化した。髪も青から灰色に変わる。
《upload medical》
健太は左手から淡い光を放つ緑色のエネルギー玉を出し、少女の傷に当てる。
「もう大丈夫だ。俺が治すから」
メディカルプラグイン。その名の通り、治療に特化した能力を使えるプラグインである。
先程まで泣いていた少女は泣き止み、その傷も徐々に消え去っていく。
そして少女を抱きしめていた香恋は、優しく少女の頭を撫でた。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。先輩はね、すごいお医者さんなんだから」
「医療隊員であって医者ではないんだけどな……よし」
健太の手から光が消える。
そして少女の足にあった傷は完全に消えていた。
丁度それと同時に、少女の母親らしき女性が来た。
「
母親が少女の名前を呼びながらこちらに来る。
しかし健太の姿を視認した瞬間、その足が止まった。
「……さっ、お母さんのところに行きな」
早くこの場を離れた方が良さそうだ。
そう考えた健太は変身を解除し少女を母親の元に帰そうとする。
だが次の瞬間、彼の頭に拳大のコンクリートの破片が投げつけられた。
「娘から離れろ! この化物!」
頭から血を流す健太。
しかし抵抗はしない。その顔はただただ諦めが浮かんでいる。
こういう声は何度だって聞いてきたのだ。
「……ほら、お母さんのところへ」
健太は微かに怯えている少女に精一杯の笑みを浮かべながら、母親の元へ行くように言う。
香恋が離すと、少女は真っ直ぐ母親の元へと駆けていった。
敵意は決して母親からだけではない。
シンがいなくなった事を確認しに来た人々からも、容赦なくぶつけられる。
「シンを倒したならさっさと消えろ!」
「お前らが遅れたせいで町がメチャクチャじゃないか!」
「化け物が人間面するんじゃねーよ!」
罵声と共に石も投げられる。
しかし健太は抵抗せず、ただその目を濁らせるだけ。
「先輩……行こ」
香恋に手を引かれて、健太は無言で頷く。
そして人々から逃げるように、全ての声から逃げるようにその場を去った。
そんな中ただ一人、健太達が助けた少女だけは違った。
母親に抱きしめられながら、周りの大人達の怒号で掻き消されそうになりながらも、小さな声で言った。
「……ありがとう」
しかし健太と香恋に、その言葉が届く事は無かった。
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