第1話:健太と香恋は駆け落ち中
過ごしやすい気候の5月中旬の昼下がり。
高層ビルが建ち並ぶとある町の蕎麦屋。そこに健太と香恋はいた。
ただし二人とも帽子やサングラスで顔を隠している。
健太と香恋は蕎麦屋にあるテレビから流れてくる昼のニュースを見ていた。
『〇〇地区にて大型級のシンが出現し、少なくとも七人が死亡』
『近隣の住民からは、バスターズの対応に関する抗議の声が溢れています』
流れるニュースに香恋が反応する。
「大型級。この近くだって」
「倒されたなら大丈夫だろ。多分」
「だといいんだけどね〜」
「はい。天ぷら蕎麦と山菜蕎麦お待ち」
蕎麦が来たので食べ始める健太と香恋。
その最中でもテレビのニュースが耳に入る。
『バスターズ本部の発表によりますと、先週金曜日に隊員二名が失踪。インジェクトガンが一台持ち去られているとのことです』
健太は山菜蕎麦を食べながらサングラス越しにテレビの画面を見る。
顔写真や名前が公表されていない事を確認して安堵する。
しかし蕎麦屋にいた客達は、バスターズに対する不信感を口にしていた。
「隊員の失踪って……なにやってんだよ」
「インジェクトガンってアレだろ? バスターズの奴らが化物になるための機械」
「本当にあんな奴らに任せていいのか? シンも全然居なくならないしさぁ」
好き勝手に言う客達を、健太はサングラス越しに濁った目で見る。
同時に健太はジャケットの内側に隠している
(あぁ……またか)
別にああいう人間は今時珍しくない。
どこか諦めた様子の健太だが、今はそれ以上に香恋の事が気になった。
「香恋、大丈夫か?」
「うん……大丈夫」
僅かに震えている香恋を見て、健太は早々にここを去ろうと考える。
早々と蕎麦を食べ切ろうとして一気飲みする健太。しかしすぐむせてしまった。
それを見た香恋は「先輩、何やってるの」と呆れた。
蕎麦屋を出て、町の中を当てもなく歩く健太と香恋。
通行人は多く、喧騒が聞こえる。
すると突然、香恋が健太の腕に抱きついてきた。
必然的に香恋の胸が押し当てられてしまう。十七歳の健太には刺激が強い。
「おい、急に抱きつくなよ」
「いいじゃん。こうした方が自然だと思うし」
「俺は不自然だと思う」
「えっ!? 私と駆け落ちしてるのに!?」
香恋にそう言われた健太は、顔を赤くして片手で覆い隠す。
(駆け落ち……駆け落ちかぁ)
あながち間違っていない表現に、健太は否定の言葉が出てこなかった。
そして、そもそも何故健太と香恋が駆け落ちしているのか。
健太は町の中を歩きながら、ここまでの経緯を思い出すのだった。
◆
十年前、地球は突如として現れた怪物『シン』によって蝕まれた。
世界各地で人間を襲うシン。しかも既存の兵器は殆ど通用しない。
そんな中、ある一人の戦士が現れてシンを撃破した。
彼は出所不明のプラグインという技術を使い、更にはその力を世界中に分け与えた。
こうして生まれたのが対シン組織『バスターズ』。
バスターズが誕生した事で、人類は遂にシンへの対抗手段を得た。
最初は皆、シンを撃破するバスターズに感謝していた。
だが時間が経つにつれて、守られる事が彼らの当たり前になってしまった。
十年が経過した。
十年経ってもシンを根絶できないバスターズへの不信感、反発。そこから生まれる人々からの拒絶と罵声。
最初は平気だったバスターズの隊員も、次第に傷つき荒れてきた。
健太と香恋も、その例に漏れない。
香恋は健太の妹である
そして健太はメディカルプラグインという力を使って、負傷した隊員を治す医療隊員であった。
バスターズに所属した最初は良かった。世界を救う組織の一員になれた事を誇りに思っていた。
しかし彼らはすぐに現実を目の当たりにする。
香恋はバスターズを拒絶して罵声を浴びせる民衆という現実。
健太はどれだけ頑張っても助けられなかった患者と、その遺族という現実。
残酷な現実に心を裂かれてきた二人だったが、それでも必死に頑張ってきた。
誰か一人でも笑顔で迎えてくれるなら、それで良いとさえ思っていた。
しかし二人は、その心にさえトドメを刺されてしまった。
ある日の事だ、香恋は泣きながら負傷した鈴を背負って帰還した。
『先輩! 鈴ちゃんが!』
尋常でない大怪我を負った妹を、健太は必死に治療した。
しかし全て無駄に終わってしまった。
健太の妹、鈴は戦死した。
数日は抜け殻のようになってしまった健太だが、なんとかして立ち上がった。
『……葬式、しなきゃな』
妹の死を受け入れた人間として、ごく普通の思考。
健太は近隣の火葬場に連絡をしたが、バスターズ隊員だという理由で全て拒否されてしまった。
バスターズ隊員という化物を受け入れる事、それ自体が忌まわしき事である。今の民衆にはそういう考えが蔓延しているのだ。
やむなく健太は自分で棺桶を作り、本部の模擬戦場とファイアプラグインを借りて、自分の手で妹を焼いた。
妹を助ける事ができなかった無力感。
仲間を死なせてしまった無力感。
そういった感情と、限界を迎えた心が、健太と香恋に逃亡を選ばせたのだ。
◆
当てもなく知らない町を歩く二人。
バスターズ所属時の給与のおかげで、所持金はそれなりにある。
しかし問題はこれからの行き先だ。
健太は十七歳、香恋は十六歳。
双方未成年である故、家を借りる事が困難だ。宿も身分証明を求められるとアウト。
それを踏まえた上で、健太は今日の寝床について考えていた。
「さて、今日はどこで寝るか……できればネカフェ以外が良いんだけど」
「また年齢偽ってラブホに泊まる?」
香恋の発言に、健太は盛大に吹き出した。
実は前日の宿は香恋が適当に見つけたラブホテルであった。
健太はものすごく悩んだが、他に選択肢が無いので渋々ラブホへ入場。
幸いにして年齢確認などがガバガバだった為、泊まる事はできた。
なお部屋の中では香恋が風呂場に誘ってくるなどの誘惑をしてきたので、健太は鋼の意思で耐え抜いた。
「バッカ! あれ滅茶苦茶俺の心臓に悪かったんだぞ!」
「え〜、私先輩になら何されてもいいのに〜」
「頼むから攻めてこないでくれ」
「で、宿はどうするの?」
「……ラブホは、最終手段で」
顔を赤くしてそう答える健太に、香恋は満更でもない表情を浮かべていた。
(さて……どこで寝るかね)
健太がそう考えた次の瞬間であった。
前方不注意で健太は一人の女性とぶつかってしまう。
その女性は長く美しい金髪と一眼で分かるスタイルの良さが特徴的であったが、それ以上に手に持っている大きな本が目立っていた。
「あっ、すいません」
健太は謝ると、香恋と共にすぐにその場を去る。
特におかしな点のない一場面。
しかし金髪の女性は何やら興味深そうに、去り行く二人の背中を見ていた。
「ふーん」
手に持っていた大きな本を開くや、女性は微かな笑みを浮かべる。
「中々……酷い物語を背負ってるじゃない」
何かを読み取ったかのように言う女性。
しかし彼女が開いている本の中身は、全て白紙であった。
何も書かれていないページを見つめる女性。
「たまには外出するのも悪くないねぇ……これは、面白くできるかもしれない」
去って行った少年少女を思い浮かべながら、女性はそう呟く。
そして白紙のページに手を置いて、語り始めた。
「こんな物語がある。逃げる少年と少女に行き先など無く、いずれ来る破滅に身を震わせるだけ。これはそんな悲劇のお話」
バタンと、大きな本を閉じる女性。
語った内容はまるで、健太と香恋を表しているようであった。
「これは特別。面白そうなキミ達は、物語を書き換えてあげよう」
風が吹く。
その僅かな瞬間に、金髪の女性はその場から姿を消してしまった。
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