第9話:静かな町と警報

 翌朝。消灯の日当日。

 香恋かれんは玄関を開けて、外を見ていた。


「すごい……車の音も聞こえない」


 昨日の夜から片鱗があったとはいえ、車の音さえせず、道には人の姿すら無い。

 そういう日とはいえ、香恋はあまりにも不気味に感じていた。


「本当に誰も外に出てないんだ〜。なんか映画の世界みたい」


 まるでホラー映画のワンシーン。この後は不気味なモンスターが出てくる展開がありそうだ。


「って、シンも十分ホラーなモンスターか」


 香恋がそんな事を考えていると、隣の部屋の扉が開いた。

 お隣から無精髭の男が出てくる。


「む、初めて見る顔だな」

「えーっと、はじめましてお隣さん?」

「……あの健太という少年の同居人か」


 無精髭に男もとい五十嵐いがらしは、香恋を見ながらそう呟く。

 すると部屋の奥から、健太けんたも顔を出した。


「あれ、五十嵐さん? お隣だったんだ」

「おはよう少年。隣同士とは縁があるみたいだな」

「先輩。この人ってもしかして」

「あぁ。昨日言ってたヒカリ先生の関係者」


 香恋は「へぇ〜」と言いながら、五十嵐を見る。

 無精髭に大きなギターケースを持つ彼を見て、香恋は内心「売れないロックバンドの人かな」と考えていた。

 それはそうとして、五十嵐は今から外に出るように見える。


「あの〜、今日は外に出ちゃダメなんじゃ」


 香恋が恐る恐るそう言うが、五十嵐は表情一つ変えなかった。


「問題ない。俺は守護者だ」

「ねぇ先輩。この人変だ」

「言いたい気持ちは理解するけど、少し黙ろうか」


 健太と香恋は完全に異質な存在を見る感覚になっている。

 それを知ってか知らずか、五十嵐は唐突に鼻で空気を吸う。


「……プラグインの匂いがするな。健太だけではなく、そこの少女からもだ」


 プラグインの名が出た瞬間、健太と香恋に緊張が走る。

 健太はいつでもインジェクトガンを取りに行けるように構えるが、五十嵐は特に何かをしようとはしなかった。


「大丈夫だ、警戒の必要はない。俺はただキミ達が戦士なのか知りたかっただけさ」

「……俺らが答えるとでも?」

「ふむ、それは確かにそうだな。だがプラグインの匂いがするという事は、そういう事なのだろう」


 五十嵐は自分の中で勝手に結論を出す。

 それはそれとして、健太と香恋は警戒を解いてはいなかった。


「戦士がこの町に来たという事は、何か特別な事情があるのだろう。俺は別にそれを詮索するつもりはない。おおよその推測はできるし、ヒカリ先生を裏切りたくはないからな」

「あの……ヒカリ先生とはどういう関係なんですか?」


 少し警戒が解けた香恋は、五十嵐に問う。

 ヒカリ先生に関しては謎が多いので、健太も香恋も色々気になってはいるのだ。


「ただの古い知り合いさ……まぁ色々あったのは事実だが、今は語る時ではないだろう」

「うーん、気になる」

「では次はこちらから質問だ」


 頭を悩ませる香恋をスルーして、五十嵐が質問をぶつけてくる。


「お前たちから見て、人間とはどんな存在だ?」


 それは、普通の者からすれば大した事のない質問。

 きっと多様な答えが得られる問いかけ。

 しかし健太と香恋にとっては、非常に難しい質問であった。


 人間。それは戦士としては守るべき存在だろう。

 しかし健太と香恋、そしてバスターズの隊員を追い詰めたのもまた人間である。

 怒り、憎しみ、欲望、怨嗟、不条理。

 人間の悪しき側面が、健太と香恋を光里町へと追いやった。

 しかし反面、善の側面があるのも確かだ。

 如月屋の夫婦に、ヒカリ先生など。手を差し伸べてくれる者達と出会えた。

 故に健太と香恋は、簡単に人間という存在を悪く言えなかった。


「……」

「……」


 そして自然と出てきた答えは沈黙。

 良くも悪くも言わない。それが二人の答えだった。


「沈黙か……なるほど。それもまた的確な答えかもしれないな」


 一応の納得をする五十嵐。

 そのまま背を向けて、彼はアパートを出るのであった。





 五十嵐が去った後、部屋に戻った二人。

 ただただ無の時間が過ぎていく。

 相変わらず外からは大した音が聞こえない。

 聞こえるのは精々鳥の鳴き声くらいだ。


 そして日が落ち、夜が来る。

 健太はアパートの部屋の中で、今朝の五十嵐の問いかけが気になっていた。


(人間について……か)


 問いが頭から離れない。

 あの時は咄嗟に沈黙で返してしまったが、本当にあれで良かったのだろうか。

 健太は考える。


(逃げた身とはいえ、俺は守れる人は守りたいと思う)


 何故ならそれは、自分が最初に描いた夢の一部だから。

 しかし同時に健太は、人間という存在を「良い存在」とは間違っても言えなかった。

 やはり悪意に晒された身としては、どうしてもそうなってしまう。


(だけど悪とも断言できない……結局は向き合い方か)


 部屋で横になりながら、健太は人間について考える。

 そしてシンの事に移行する。

 光里町はシンが出ない。しかし今日だけは例外だ。

 もしも本当にシンが出るのであれば、健太はそれと戦う意志はある。


(問題は、俺の持ってるプラグインなんだよなぁ)


 健太は起き上がり、タンスの中に隠してある三本のプラグインを取り出す。

 一つは先日使用したメディカルプラグイン(裏面はポイズンプラグイン)。

 強力な治癒能力と、猛毒を扱えるプラグインだ。

 そして残り二本。

 一つは「wingウイング」もう一つは「fireファイア」と書かれている。


(ウイングは攻撃力が低いし、ファイアは俺の適性がそんなに高く無い。ポイズンが一番戦闘に向いてるけど、場所によっては二次災害を産んでしまう)


 仮に今日シンが出てきたとして、その相手によっては対処しきれない可能性もある。

 健太はどうにかして今あるプラグインで戦うのか考えていた。


「うーん……」

「先輩」


 健太が頭を捻っていると、香恋が声をかけてくる。

 その表情はどこか深刻そうにも見えた。


「やっぱり、シンの事が気になる?」

「まぁな……だけど大丈夫だ。香恋の不利益になるような事はしない。いざとなれば俺だけ切り捨てれば良いんだ」

「あのね先輩……そのことなんだけど」


 香恋は静かに手のひらを差し出してくる。


「インジェクトガン、私に貸して」

「……は?」

「先輩だけ変にリスクを背負うのって変だよ。それなら私も戦う」

「気持ちはわかるけど、そもそも香恋はプラグインを持って無いだろ」


 プラグインにはそれぞれ適性というものが存在する。

 種類が豊富なプラグインだが、全てを使えるわけでは無いのだ。

 そして健太が所持している三本のプラグイン。

 いずれも香恋との相性はそれ程良くないものばかりである。


「仮に俺のプラグインを使っても、訓練すらしてない状態じゃあ返り討ちにあう可能性だってある。悪い事は言わないからやめとけ」

「……じゃあ先輩、プラグインがあればいいんだよね」


 そう言うと香恋は、スカートのポケットから二本のスティック状の何かを取り出した。

 健太はそれを見て、目を大きく開く。


「香恋……お前いつの間に」


 香恋が手にしていたのは二本のプラグインであった。

 一つには「trickトリック」もう一つには「tamerテイマー」と書かれている。


「狙ってたわけじゃないんだけど……逃げる時に持ったままだったの」

「そうだったのか」


 健太は見せられているプラグインに注目する。

 トリックプラグイン。これは香恋が最も適性のあるプラグインだ。

 そしてテイマープラグイン。このプラグインに関して、健太は一つ質問をする。


「なぁ香恋……そのテイマープラグインって」

「うん……鈴ちゃんのやつ」

「そうか」


 予想通りであった。

 健太は自身の妹が使っていたプラグインを手に取る。

 特別な言葉は出てこない。だが健太には不思議と、それが妹の遺した何かのように感じた。


「……テイマーは香恋が持っていてくれ」

「良いの?」

「適性の無い俺が持っていても意味がないからな」


 プラグインを香恋に返した健太。

 そして本題に戻る。


「先輩。インジェクトガンを貸して」

「ダメだ」

「私だって戦えるんだよ!」

「リスクなんか俺だけ背負えばいい」

「でも!」

「それにインジェクトガンは一台しか無いんだ。仮に香恋が使っている最中にバレれば、迫害されるのは香恋なんだぞ」

「それは先輩だってそうじゃん」

「承知の上だ。だから今の香恋は安全なんだよ」


 逃亡後にインジェクトガンを使っていないからこその安全。

 健太は香恋にそれを手放してほしく無かったのだ。


「もう一度言うけど、切り捨てられるのは俺でいい」

「それはダメ! だって先輩がいなくなったら困る人が出るじゃん!」

「誰が困るんだよ」

「まだ見ぬ患者さん」


 どうだと言わんばかりに答える香恋。

 健太は深くため息をついた。


「あのな……それプラグインを使う前提じゃないか」

「それでも!」

「言っとくけど、この前のは超がつく特殊ケースだぞ。そう何回も起きてたまるか」

「……私、あの時なにもできなかった」


 俯いて語り始める香恋。


「先輩は医療隊員として三香さんを救った。でも私は結局なんにもできなかった。全部先輩に押し付けちゃった」


 自責の念が出ている香恋。そんな彼女に健太は何も言えなかった。

 仮にもバスターズというヒーロー組織の一員だった者。

 だからこそ健太は、香恋が今抱えているものにも理解はあった。

 無力とは、己を蝕む癌。

 特に、ヒーローを夢見ていた者には凄まじい痛みを与える。


(それでも……俺は)


 健太はインジェクトガンに視線を落とす。

 やはり香恋に貸す事には賛同しかねる。

 健太がどうにか説得をしなければならないと考えた次の瞬間。


――ビー! ビー! ビー!――


 大きな警報音が、インジェクトガンから鳴り響いた。

 その音で背筋に緊張が走る健太と香恋。


「先輩、これって!」

「あぁ……大型級が出たんだ」


 インジェクトガンに搭載されている警報機能。

 それは大型級のシンが近くに出現した場合にのみ鳴り響く。

 大型級のシンは非常に強力である。

 その討伐には通常、専用のチームを組む必要がある程だ。

 それが今、光里町に現れた。

 健太は急いでインジェクトガンを操作する。


「出た!」


 インジェクトガンから立体映像が出現する。

 大型級のシンは強力なエネルギーの塊であるため、離れていても居場所を感知しやすいのだ。

 健太は立体映像に示された場所を確認する。


「……これ、海の方か」

「うん。沖の方みたい」


 赤いマーカーがシンの居場所を示している。

 海のど真ん中で、特に陸を目指して進んでいる様子もない。


「これならバスターズの奴が勝手になんとかしてくれそうだな」

「そうだよね〜。絶対気づくはずだし」


 立体映像を消して、健太と香恋は安心する。


「今日が消灯の日で良かったね先輩」

「だよな〜。おかげで漁師の人も海には出てな……」


 そこまで口にした瞬間、健太は昨日の港での会話を思い出す。

『俺は明日も漁に出るぞ!』

 健太の顔は一瞬にして青ざめた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「どうしたの先輩?」

「漁師の石田さん! あの人今日漁に出るとか言ってぞ!」

「えっ、でも漁って早朝にやるんじゃ」

「あの人はたしかイカ漁の人だ! イカって夜しか獲れないって聞いた事がある」

「えっ……じゃあまさか」


 事態を把握した香恋も顔を青くする。


「もしも本当に、漁に出ていたとしたら……かなり不味い!」


 そう言うと健太はインジェクトガンとプラグインを持って、アパートを出ようとするのであった。

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