第7話:ギターケースの男
そして翌週。
気づけば消灯の日は翌日に迫ってきていた。
休暇を貰った
健太は道中に町の様子を観察していたが、考える事は皆同じらしい。
どの店もいつも以上に人が多くなっている。
だが営業しているならまだ良い方。中には既にシャッターを下ろしている店もある。
「なんていうか、異様な光景ってこういうのを指すんだろうな」
まるで、もうすぐ世界が終わるかのような光景。
健太はこの異質さを、そう考えていた。
同時に思う事は、消灯の日がいかに特別な日なのかという事。
「まぁ、シンが出るかもってなれば……焦るよなぁ」
シンの恐ろしさは心底理解している。故に慌てる
今日の健太は食料品の買い出し係。
次の行き先は、港の直売所である。
「おぉ、やっぱり港も人が多いな」
昼過ぎの港。
いつもなら直売所も人がまばらなのだが、流石に今日は多かった。
人にぶつからないように気をつけながら、健太は直売所を物色する。
「……何度見ても、漁師から直接買えるものって安いなぁ」
天然の鯖が一匹五百円は、もう価格崩壊のそれである。
イカも安くて良いものが出ている。
さて今日と明日のメニューはどうするか。
健太がそんな事を考えていると、顔馴染みの漁師が話しかけてきた。
「おう健太! 明日に向けての買い出しだろ」
「あっ石田さん。まぁそんなとこ」
日焼けした筋肉が眩しい漁師、石田はガハハと笑い声を上げる。
ちなみに彼は如月屋の常連である。
「消灯の日は初めてだろ? まぁ気にせずのんびりすりゃあ良いんだ! なんだかんだで毎年なんとかなってるからよ!」
(いや……シン出たらしいんですが)
「今日は嫁さん一緒じゃないのか?」
「香恋は日用品を買いに行ってます。あとアイツは嫁じゃないです」
「そうか! 未来の嫁さんだったか!」
豪快な声を上げる石田に、健太は突っ込む気力も出なかった。
それはそうとして。
「今日買うもんは決まってるのか?」
「いやまだ」
「そうか! だったらイカ買ってけ! 今年は立派なのがよく獲れてるんだ!」
イカを勧める石田。なお彼はイカ漁をしている人である。
自分が獲った獲物を勧める石田に、他の漁師が突っ込みを入れる。
「オイオイ石田さん。自分のやつばっかり勧めないでくれよ」
「良いじゃねーか! 今年は大当たりの年なんだ!」
「そりゃそうかもしれないけどさぁ」
「この波を逃しゃしねー! 俺は明日も漁に出るぞ!」
石田が大声で決意表明をした瞬間、周りの漁師は全力で止めに入った。
「オイ石田さん! それだけは止めとけって!」
「なんだ? 文句あっか?」
「明日は消灯の日だろ。危ないにも程がある」
「シンが出るって言っても山の方だろ? 海に出たことはねーから大丈夫さ!」
漁師達が「やめとけ」と止めるが、石田は「大丈夫大丈夫」と言って聞き入れなかった。
そんな漁師達の様子を見て、健太は少し心配になる。
(大丈夫かな?)
石田が軽く構えている理由を、健太は何となく察している。
実際シンという怪物は、海上には滅多に出現しないのだ。
理由は不明だが、シンは主に陸地の人間が多い場所に現れやすい。
そう考えれば、人の少ない海の上で安心するのはある種自然な事でもあった。
◆
港の直売所でイカと干物を購入した健太は、帰路についていた。
「結局イカ買っちゃったな。美味しそうだから仕方ないか」
生物を冷蔵庫にしまいたいので、健太は少し早足でアパートに戻ろうとする。
そしてアパートのすぐ近くまで到達すると、見慣れない人影を見つけた。
「ん?」
真詰アパートに住人以外が近づく事は珍しい。
その人物は宅配業者には見えない服装をしている。
(アパートの方を見てるって事は、そっちに用があるって事だよな?)
それは男性であった。
ボサボサの黒髪に無精髭を生やし、裾がボロボロの薄いロングコートを着ている。
それだけでも怪しさが出ているが、背負っている大きなギターケースが拍車をかけていた。
ヒカリ先生の客人だろうか。とりあえず健太がアパートに戻るために近づくと、男はこちらを見てきた。
(あっ、目が合った)
完全に存在を認識し合ってしまった。
軽く挨拶だけでもしておこうと、健太が考えると。
「……光里町では見慣れない顔だな」
「あぁ……最近引っ越してきたばかりなんです、はい」
「もしやとは思うが、このアパートに住んでいるのか?」
「そうですけど」
健太がそう答えると、男は目を見開き驚いた様子を表した。
「ここに、住んでいるだと……まさかヒカリ先生が誘ったのか?」
「そうですけど」
「驚いた。彼女が自ら人を引き入れるとは……いや、何か考えがあるのか?」
男は急に考え込み、ブツブツと呟き始める。
変な人だと内心思いながら、健太は男に話しかけた。
「あの……」
「ん? あぁ済まない。考え込んでしまった」
「もしかして、ヒカリ先生に用事がある人ですか?」
「そうだな。俺は彼女の古い知り合い……とでも思ってくれ」
想像通りヒカリ先生関係の人であった。
それなら変に警戒しなくて大丈夫だろう。
健太は少し安堵する。
「キミはここで一人暮らしなのかい?」
「いえ、もう一人います」
「……そうか。彼女は二人もこの町に入れたのか」
何やらよく分からない事を独り呟く男。
ふと健太は思った。もし彼が消灯の日を知らずに来たのなら、教えなくてはいけないと。
「あの……申し訳ないんですけど、この町は明日」
「消灯の日、だろ? 知っているさ、知った上で来たんだ……そういうキミは……えっと」
「あっ、健太っていいます。辰巳健太」
「そうか。では健太、キミは消灯の日は初めてだろう?」
「まぁそうですね」
「今年は特に嫌な空気が流れている……キミも大人しくしていた方が良い」
「ご忠告どうも……好きにしますよ」
「……彼女が好きそうな性格の少年だ」
やれやれといった様子でため息をつく男。
そんな彼の様子に、健太は少しむっとくる。
「大人しくするのはアンタもじゃないですか?」
「ふむ……まぁ普通ならそう返されるな」
「シンが出たら危ないんだから。当然の忠告ですよ」
「ハハッ。キミは心優しいんだな。嫌いじゃない」
「……ところで、アンタは何者なんだ?」
健太は男から何か妙な空気感じていた。
ヒカリ先生の古い知り合いという時点で普通ではないと感じていたが、ここまでの会話で余計に何か得体の知れなさを感じ取っていた。
「あぁ、そういえば名乗っていなかったね」
男はわざとらしく咳払いをする。
「俺は
「守護者ぁ? 意味がわからん」
「意味など理解しなくていい。これは俺が背負っている重荷のようなものだ」
五十嵐の言葉何一つ分からない健太。
頭の上に疑問符を浮かべながらも、理解しようとするが……無理であった。
「明後日の朝までヒカリ先生の元で世話になるんだ。短い間だけど、よろしく頼むよ」
そう言うと五十嵐はアパートへと歩みを進めるのだった。
そんな五十嵐の背を見ながら、健太は小さく口を開ける。
「分からん人の所には……分からん人が来るんだなぁ」
そろそろ面倒臭くなってきた健太は思考を止めて、自室に戻るのだった。
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