第6話:消灯の日?

 あれから数日が経過した。

 健太けんた香恋かれんは変わらず如月きさらぎ屋で働いている。

 洋次と三香。そして病院の医師達は宣言通り健太の事を他言していないらしい。

 おかげで今も健太は、普通の十七歳として光里町に溶け込んでいる。

 この事に関しては、健太も香恋も心底感謝していた。


 今日も今日とて、出前の配達に行く健太。

 季節は初夏。そろそろ暑さが出てくる事だ。


「もう少し暑くなってきたら海に行っても良いかもな〜。遊泳場あるらしいし」


 自転車を漕ぎながら、そんな事を考える健太。

 ようやく落ち着けそうなので、少しくらい遊んでみたい気持ちはあった。


「さて、後は店に戻るだけか……まさか町の端まで来るとはな」


 自転車を漕ぎ続けて、気づけば光里町の出入り口近くまで来た健太。

 ふと、彼の視界に巨大な黄色が映り込む。


「うわぁ……でっかい石」


 光里町の出入り口付近に鎮座する巨大な石。

 それは透き通り、美しい黄色をしている。


「天然石ってやつか? にしてもデカいなぁ」


 健太は興味本位で巨大な石に近づく。

 よく見れば下の方に説明書きの看板があった。


守石まもりいし……あぁ、これが」


 健太は以前洋次から聞いた事があった。

 光里町の名所『守石』。

 昔からあるらしいが、何故これ程巨大な天然石が置かれているのかは誰も知らない。


「こんなにデカいのが五つもあるのか……本当に不思議な町だな」


 そう、この守石は一つだけではない。

 光里町を囲むように、五つもあるのだ。

 それが余計に住民の間で謎を深めている。

 洋次曰く、町のお年寄りには守石を御神体のように拝んでいる人も少なくないとか。


「こんなに目立つ石なのに、よく今までテレビに取り上げられなかったな」


 普通に考えればテレビで特集が組まれて、今頃観光客が来ていそうだ。

 しかし光里町にそんな様子は微塵もない。

 故に不思議なのだ。


「……守石ねぇ」


 自転車を漕いでその場を後にする。

 店に戻る道中、健太はある事を思い出していた。


(光里町にはシンが現れない。それが何故かは分からないけど……以前洋次さんがこう言ってたな)


『本当かどうかは分からないけど、この町にシンが出てこないのは、守石が守ってくれているおかげだって言う人もいるね』


 シンから町を守る巨大な石。

 健太にはどうもその話が御伽噺だとは思えなかった。


 



「戻りましたー」

「あっ、先輩おかえり」


 店に戻った健太。

 昼時も終わったので、今は客がいない。

 オカモチを仕舞うと、健太は香恋と一緒に店の掃除を始めた。


「ねぇ先輩。この町って本当に平和だよね」

「だよな」

「もう一カ月以上経つけど、シンが一回も出てないんだよ」

「あれじゃないか? 町を囲んでる守石の御加護ってやつ」

「えー、あのでっかい宝石? そうなの?」


 信じられないといった表情の香恋。

 しかし健太はそうでもなかった。


「もうそれを信じたいくらいなんだよ」

「まぁ気持ちはわかるけど」


 二人が掃除をしながらそんな会話をしていると、厨房から「あっ!」という声が聞こえた。


「そうだ、守石で思い出した!」


 厨房から洋次が慌てて出てくる。

 香恋は「どうしたんですか?」と言って首を傾げた。


「今年は来週のはずなんだ。消灯しょうとうの日!」

「消灯の日……って何ですか?」


 初めて聞く単語に健太は疑問符を浮かべる。


「君たちは光里町に来てまだそんなに経ってないから、知らないのも無理はない」

「お祭りでもあるのかな? 先輩と行くチャンス?」


 よく分からない妄想をする香恋だが、すぐに洋次が否定した。


「お祭りなんかじゃないよ。むしろとても大変な日さ」


 そう言うと洋次は、消灯の日について説明を始める。


「二人とも、守石は見た事があるよね?」

「はい、今日も配達の時に一瞬」

「私も一回だけ」

「守石の輝きは何故か一定じゃないんだ。消灯の日ってのは守石の光が一年で最も弱まる日だよ」


 ここで健太はおおよその想像がついた。

 要するに縁起の悪い日だと言うのだろう。


「正直僕もにわかには信じられないけど、守石の力が弱まる消灯の日は……普通じゃない」

「縁起の悪い日……じゃないんですか?」

「違うんだよ健太くん。消灯の日になると、この町は突然厄災が訪れるんだ」


 深刻な表情で厄災という言葉を出す洋次に、健太と香恋は少し真面目になる。


「消灯の日は誰も家から外に出ない。外に出れば何かしらの不幸に襲われるって言われてるからね」

「で、でも言い伝えですよね?」


 香恋がそう聞くと、洋次は重々しく口を開いた。


「二人とも、さっき言ってたよね……この町にはシンが出ないって」

「……まさか」

「健太くんの予想通りだと思うよ。消灯の日はね、一年で唯一シンが光里町に出る日なんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、健太と香恋に緊張が走った。

 光里町にシンが出る。ただそれだけぜ、二人には恐しい脅威に感じたのだ。


「先輩」

「あぁ……洋次さん、去年も出たんですか?」

「うん。出たらしくよ」


 らしい、という曖昧な表現が引っかかる健太。


「僕もどんなシンが出たかまでは知らないんだ。朝起きたら既に退治されたあとだったからね」

「もしかして……ヒカリ先生がやったのか?」

「いや、ヒカリ先生じゃないんだ。別の人」


 光里町に正式なバスターズはいない。

 となればインジェクトロッドを所持しているヒカリ先生以外に倒せる者はいないはずだ。

 だが洋次の口から発せられたのは謎の戦士の存在。

 外部からバスターズが来たのなら、そもそも光里町の特異性がもっと広まっている筈だ。

 ではその戦士は何者なのか、健太と香恋は困惑した。


「毎年ね、このくらいの時期になるとヒカリ先生の所に泊まりに来る人がいるんだよ。もしかしたらその人じゃないかなって言う人もいるけど……真相は分からないんだ」

「うーん、ヒカリ先生の関係者ではあるんだ」


 腕を組んで、口を3の形にして考える香恋。

 健太は心の中で「本当にあの人何者なんだ」と呟いていた。


「シンを倒すって事はプラグインを持っている筈だけど……バスターズ隊員ではない? わけわからん」

「先輩、私達も同類だけど」

「それは言わないでくれ。ややこしくなる」


 ひたすら不思議がる二人。

 ふと香恋はある事を言い出した。


「正体不明でシンを倒して、バスターズとは繋がりがない。なんか『始まりの戦士』みたい」

「あぁ、たしかに」


 納得する健太に、洋次が質問する。


「始まりの戦士ってあれだよね? 十年前、世界で最初にシンを倒したっていう人」

「そうですよ〜。でも私達も正体は何も知らないんですけど」

「えっ、そうなの!?」


 驚く洋次。バスターズ隊員なら知っていると思っていたようだ。


「実は一般に知れ渡っている以上の情報が、バスターズのデータベースにも無いんですよ」

「私も同期と一緒に調べた事あるけど、本当に何も出てこなかった。どんなプラグインを使ったのか、男なのか女なのかも」

「へぇ〜。本当にバスターズも知らないんだ」

「まぁ、俺らが下っ端だったからってもあるかもですけど。実際のところ上も知ってるかどうか怪しいですね。プラグインを全世界に分け与えた伝説の存在。知ってたら絶対逃してませんよ」

「うーん、たしかに」


 納得する洋次。

 それはそうとして。


「あっそれでなんだけど、消灯の日と前日はお休みにするから」

「ありゃ、お休みだって先輩」

「消灯の日はどこも店は閉まっちゃうからね。前日に買い物する必要があるんだ」


 その説明で納得した健太と香恋。

 珍しい二連休だが、まぁ貰えるものは貰おうと二人共考えていた。


(しっかし、シンが出る日か……)


 物騒極まりない日だと考える健太。

 だがそれ以上に気になるのは、毎年シンと戦っている謎の戦士。


(何者なんだろうな……厄ネタじゃなけりゃ良いんだけど)


 店の掃除を終えながら、そんな事を考える健太であった。

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