第9話
そう、本当はあの時、キスすべきだったのだ。共になれない苦しさに、押し潰されるくらいなら、ふたりのこれからの違うかたちを、すがり付いても乞うべきだった。
そう、ありし日の歌のように記憶は頭の中を流れていく。
風が流れる、耳に吹き込む、わらべ歌のような不思議なしらべの鼻歌が聞こえる。そうあなたの歌声だ、引き込まれるように脳の内に四角に入り込んでカクカクと次第に自分自身が回転しているような心地になってくる。すると白い残像が目の端を掠める。脳裏なのか視界なのか白はちらちらと左、右の端に斜め後ろからフェードインしてはとらえるまえにアウトする。つかまえようとはするが、手足なき思考の内、わたしはただ振り回される。突如、ぶつかるように、顔が私の視界に映りこんだ
焼き付いたに等しい印象で出てきたそれは逆さで、どこか違うところを見ていた――――ちょうど私の向こうの天井辺り――それでもどこかちがう――
(そうだ、あなたはいつもそうやっていた)
そうこうしているうちに、それは体をつけ、さっきの白は制服のブラウスになった。くるくると回って上体をそらしながら、けたたましく無音の笑いを叫びながらくるくるくるくる回りながら、地面でもまた弧を描いている、――そうして
唐突に!そう唐突に何かが私の胴体を掴んだ。骨ばった感触から少しして、それが両手だと気づいた――また顔が近くなる、脱色した髪は振り乱されており、大きく開いた口しかその顔を見せないでいた
そうして気まぐれにまたくるくる回り離れていく、
「あっ!」
私は声をあげ手を伸ばした……――その瞬間、全てがカランと凍えた喧騒に戻り、教室に一人ぽつんと立っているばかりになった……チ、チ、チ、といつの間にか点けられていたストーブの音が響いた。振り返る余裕もなくただ、伸ばしたままの手を下げることもできずボウと立つばかり
目前の机や窓を眺めながら尚、脳裏には白い残像がコマ送りに回り過ぎ行く……
胸の内に溢れたのは、悲しみとも喜びでもつかなかった。ただ、紛れもない感傷であった。
わたしは戻ってきていた。呆然としていた。ストーブの炎の音が耳の奥へと入り込んでくる。
(――今、わたしは彼女の手を握りたいか?)
わたしは涙が出てくるのを、今度こそ止めはしなかった。灯油の匂いがあたりに満ちて、そこにささやかに残る柑橘の香りはわたしの陰だった。
もう陰でしかなかった。
kill and kiss 小槻みしろ/白崎ぼたん @tsuki_towa
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