第6話

 互いの腕を切りあうのはもはや習慣であった。相手に身を委ねることは、不安感より、快感の方が大きかった。信頼する、いい人間になれた気がした。


 時折強く刃を立てるふりをして加減を探りあう。向こうはびくともしていない。私は一度強く押さえつけられたときびくりとした。それが伝わったのか、二度とその強さではしてくれなくなった。


 一度、前みたいにしてくれと頼んだ。彼女はしてくれた。けれど、実際には表向きだけそう見えるようにだった。


 私は怖かった。「こいつはついてこれないやつだ」と思われるのが怖かった。



 布団をまくりあげられた。バレた。手にはこうこうと明るいスマホ、誤魔化しようもなかった。咄嗟に苦い気持ちが顔に出て、余計に相手の眉を吊り上げさせた。


「何やってんの」


 こんな時間まで、付け足された言葉はひどく刺々しい。


「何も」


 咄嗟に出た言葉は弱く、また歯切れが悪いもので自分でもまずいのがわかった。


「最近気づけばケータイばかりいじって。そういうの中毒っていうのよ」


 うるさい


 相手の断定的な言葉の羅列に、心のどこかが叫んだ。けれど、表面のわたしはすっかり縮み上がって「はい、はい」を繰り返していた。


「何してたか見せなさい」


 手をぬっと出されて、わたしは固まった。向こうはさも当然であるという風に、手を差し出した姿のまま、こちらが従うのを待っている。


「いじるな」


 瞬間に、ホーム画面を押そうとしたのがばれ、強いドスのきいた声で圧される。


「見せられないようなことをしてるの」


 あんたおかしいんじゃないの、


 重ねられ、頭の中が空気を詰められたようにいっぱいになり、後頭部が焦げるような熱を帯びた。胸が棒でずっと抉られているような不快な痛みが走る。ドクドクとした血の音が、体の外で聞こえる気がした。


「ゲームを……」


 していました、は言葉になったかはわからなかった。


「やっぱり」


 相手は勝ち誇ったような、怒りの的をぴったりと当てたような顔をした。


「あんたいい加減にしなさいよ。勉強もしないで遊んでばかりで、何のために生きてるの」

「はい」

「はい、そんな風に言っておけばいいと思ってる」

「思ってません」

「思ってる」

「はい。すみません」

「じゃあどうするの」

「ちゃんと時間に寝て、勉強します」

「ああそう。嘘ばっかり」


 はやくねなさい。問答の末、母は布団に戻っていった。わたしは母の寝息が聞こえるのを確認して、それから布団に潜って頭をがしがしとかきまわして不必要に歯をむいた。

 スマホの画面は暗くなって、通知ランプだけ何度も明滅していた。

 ちゃんと守ったよ、彼女へ語りかけた。彼女のメッセージは「寝た?」で終わっていた。


「ごめんね」


 そっと打とうとしてやめた。目を閉じると涙が二、三粒一気にこぼれ落ちた。泣いているのがばれないように、何度も何度も深呼吸をして、寝息のふりをした。

 感傷なしに何も打てなかった。かわりにぎゅっと強くスマホを握りしめた。

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