夏の夜の夢
こどー@鏡の森
第1話
夏祭りのあと、祭り会場の真北にある祠まで肝試しに行くことになった。
面子は野球部のレギュラー落ち常連組の五人から、捻挫で外出しづらい紘一を除いた四人。各々、懐中電灯と蝋燭、マッチを持って集合する。二組に分かれ、祠で蝋燭に火を灯せば完了。紘一の部屋から懐中電灯の明かりが見えるので、誰かに蝋燭を託して誤魔化すことはできない──。
……はずだったのだが。
「なんで誰も来ねぇんだよ……」
「いや、俺いるけど?」
ぼやいたら速攻で切り返された。
SNS通話はさっきから軒並み無視されている。グループへのメッセージは既読になるので、全員、状況は把握しているはずだ。
「やめて帰ればいいんじゃねーの。誰も来ねーんだったらさ」
メッセージを連打していたら、呆れたように言われた。
「や、まぁ、そうなんだけど……」
スマホを下ろし、修司はため息をつく。
「帰りたくねぇなぁ……」
家には今、伯父一家が来ている。伯父夫婦と二人の従兄姉。昨年までは盆も正月も海外旅行に行っていたくせに、母親が実家に戻ったとたんにこれだ。
「行くかぁ。どうせあいつら、待ってても来ねぇだろーし」
長いため息を吐くと、ハハッ、と笑い声が返ってきた。
「しゃーねーな、付き合っちゃる。紘一が見てんだろ?」
「おう。見てろよあいつら、俺だってやればできるんだって分からせてやる」
ぐっと腕を伸ばし、気合いを入れてから、懐中電灯で前方を照らした。
祠へと至る道は未舗装で幅は狭く、石や木の根で歩きにくい。山というほどではないが小高い丘のようなもので、何年か前、夏祭りで花火を上げていた頃にも登ったことがあった。子供の足でも十分もかからない道だ。
懐中電灯以外の照明はないが、月明かりだけでも周囲の地形は把握できる。
祭り会場にあった灯りはずいぶんと減ってきたようだ。喧騒はとうに消え、時折トラックのエンジン音が伝わってくる。
「紘一さぁ。あいつ、まじで怪我ばっかしてるよな」
道中、ふと思い出して話を振った。
「ん? ああ、捻挫してるんだっけか」
「今はな。スポ少の頃から何回か骨折だかヒビだか繰り返してて、整形外科の常連だってさ」
詳しく聞いているわけではないが、体の使い方が下手だと言われているらしい。
「そんであいつ、専門学校行ってスポーツ療法士になるんだってさ」
「へぇ……」
「千尋は医学部だし、陽介は美容学校だろ。見事にバラバラになるなぁ」
懐中電灯の光を受けて、足もとで何かがキラリと光った。
「うお、びっくりした。ガラスか。危ね」
正直なところ、肝試しの話が出た時はノリで怖がってみせただけで、怖いとか不気味だとかはまったく思っていない。
「二人が専門で、千尋が医学部か。雄太は?」
「工学部だってさ。将来は工場継ぐって言ってたし」
「ふーん。で、おまえは」
「それが、決まんねーんだよなー」
懐中電灯を振り回し、盛大にため息をついてしまった。
「つうか、やりたいこととかねーし。手堅く公務員か? みたいな」
「トラックは?」
「ん?」
「運転手。長距離乗りてーって言ってたじゃん」
「……あぁ……うん、まあ。ガキの頃の話な。今はもうそんなに──」
大型車の運転手に憧れていたのは、もう何年も前までの話だ。
返事はない。こんな夜道で沈黙を続けるのはどうかと思って、話の続きをひねり出した。
「つか、あの業界ブラックだって聞くし? そーいうのはちょっとなぁ」
「分かんねーじゃんそんなの、やってみないとさ。改善が進んでるって話だけどなあ」
「……そーなの?」
つい聞き返してしまってから、しまったと思った。
「ニュース見ろよ」
まるで面白がっているような声音。不自然には思われなかったようだ。
「いやー……俺、時事問題とか全然分かんねーんだよなー。副担に言われたわ」
話題のつなぎ目を一生懸命探す間に、目的の祠にたどり着いた。
「さて、着いたぞ。蝋燭つけて、画像撮っときゃいいよな」
頼りない蝋燭の火をスマホに収め、紘一の家がある方向に向かって懐中電灯を振り回す。ついでにSNSに画像を投下する。
「さっさと火ぃつけて帰ろうぜ。あー、くそアチぃ。お……既読ついたな、四人とも」
つぶやいてから、あれ、と思った。紘一、千尋、陽介、雄太、俺。SNSのグループメンバーは五人。
じゃあ今、祠に向かってしゃがみ、マッチで火をつけようとしているのは──誰だ?
暑さによるものではない汗がどっと吹き出した。丸まった背を恐る恐る見下ろす。マッチの先に小さく灯った炎が揺らめく。蝋燭の芯に移った炎が視界いっぱいに広がって、見知らぬ誰かの顔を照らし出す──。
ガクン、と体が落ちたと思った瞬間、目が醒めていた。
「……っぶね! あああ、びっくりしたァ」
汗だくだ。冷房の切れた部屋でうたた寝をしていたようだった。頭の近くにあったスマホがひっきりなしに震えている。
慌てて手にとったが、通話には間に合わなかった。履歴を見る。しばらく前から何度も着信があったようだ。
部屋の窓から外を見る。夏祭りの会場からはいくらか灯りが減っているように見えた。
「出かけてくる!」
急ぎ足でリビングを通り抜け、テレビを見ているリビングの一同に声をかけた。こんな時間にどこへ、と聞かれた気がするが、今は待ち合わせの約束の方が大事だ。
誰に連絡を返そうか一瞬だけ迷った後、最後に連絡してきた雄太に折り返した。
「わりー、爆睡してた。今向かってるー」
近隣では唯一、交通量の多い交差点で信号待ちしながら謝る。
目の前を過ぎる大型車の風に煽られ、小さな花束が足もとで揺れていた。
夏の夜の夢 こどー@鏡の森 @kodo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます