どうやら、王都で親友が聖女になっているそうです

@namari600

始まり

「はぁっ……はぁっ……!!」


連戦に続く連戦で魔力は底をついた。

食料も無し。水も無い。

すでに体は満身創痍。

それでも、私は諦めることを許されなかった。

信じてくれた彼らのため。

愛する我が子のため。

そして、先に行ってしまった夫のため。

目の前に降り立った黒い鎧に全身を包んだ異形の羽を持つ怪物に向けて、私は空元気の笑顔を見せてやる。


「貴方達……ほんっっっと元気よねぇ……」


『それは此方の発言だ。貴様1人を殺すためだけに、いったいどれだけの同胞が殺されたと思っている?』


「うーん……三匹?」


『四千だっ!!』


あれ?私、そんなに敵を倒したっけ?

記憶にないんですけど。

まぁ、最近は数が多過ぎてヤケクソになってたからなぁ……。

黒鎧の怪物が剣を鞘から引き抜く。


『同胞の無念は今ここで撃たせてもらう。下手に動くなよ?痛みが伴う』


「あら?あなた、見た目に反して女性には優しいのね。でも残念。私は既婚者です」


『口を開けばふざけたことを……』


異形の怪物が怒りを露わにし、鎧の隙間から見える真っ赤な目で私を睨みつけた。

——うん。隙ありね。

私は残り少ない魔力をかき集め、炎属性第3級『炎到勇公』を発動。

熱波が黒鎧の隙間に入り込み、怪物は驚いて体勢を一瞬だけ崩すも、すぐになけなしの魔法は打ち消されてしまう。


『この程度の炎……効かぬわっ!!』


「効かなくて良いのよ。それ、囮なのよ?」


私は黒鎧の剣を蹴り飛ばすと、鎧越しに正拳突きを三発。

一発目で簡単に鎧は砕けたので、二、三発目は無防備な贅肉に叩き込むことができた。


『ごふっ!!』


鎧の隙間から赤い液体を撒き散らしながら、異形の怪物は地面に倒れた。

これで四千と一匹かな?

私は、去年の誕生日に夫から貰ったハンカチで、汚れた手を拭う。

このハンカチも、随分と血や脂で汚れてしまったなぁ。

落ち着いたら、また従者のみんなで洗濯をしたり、ピクニックをしたり……あぁ、やりたいことがたくさんあるっ!!


「これはまだ、簡単に死ねないわね」


黒鎧の懐を勝手に弄り、見つけた魔力回復のポーションを一気飲みする。

全快には程遠いけど、少しは楽になった。

……気分は重くなったけど。


「あれだけ派手に魔法を使ったのだから、流石に連中も気がつくわよね……」


気がつけば、四方を囲まれていた。

とりあえず、私の頭上を旋回する怪物達を炎属性第4級『炎生矢』で一掃。

敵軍に少し動揺を与えておくが、流石に多少仲間が減ったくらいで足を止める連中ではない。

少しずつ、私に距離を詰めてくる。

——これは、あの子が間に合うかに賭けるしかないわね。


「ねぇ、貴方達?ちょっとお話しをしない?これだけ集まったのだから、お茶会でもどうかしら?」


『———』


「ちょっと、無視は酷いわよ。こんなにも美しい女性が誘ってるのよ?少しは返事をくださらないと」


『———』


「もういいわよ!ほら、貴方達の好きにしなさいな。煮るなり焼くなり殺すなりね?」


私は地面にうつ伏せで寝そべる。

なぜうつ伏せかって?そんなの決まってるわ。

うつ伏せじゃないと、私の頭が消し飛ぶのよ。

——刹那——

私の頭上を世界の色すら消し飛ばす光線が通過。

周囲を取り囲んでいた怪物達と、私の前髪数本が消し飛んだ。


『おっと、ちょっとやりすぎたかもしれないな。ロクシア、大丈夫かい?』


うつ伏せの状態の私の頭に、小さな一匹の妖精が座った。

何が……大丈夫かい?よ……。

私は気ままな妖精に怨念のこもった声をかける。


「リーア、私の前髪が消し飛んだのだけれど……これについて何か言うことはない?」


『ん?そうだね…………ご愁傷様?』


「この馬鹿妖精!!もう少しで私も死ぬわっ!」


『助けてって言ったのはそっちだよね?なら、この件は私に罪は無し。避けなかったお前が悪い』


「ぐぬぬぬ……」


何も言い返せない。

言っていることは正しいのだけれど……言葉選びが悪い。とても悪い。

私の頭がそっと軽くなる。

どうやら時間みたいね。

無数の黒い門が空中に開くと、中から異形の生物達が姿を現した。


『さて、無駄話はこれで終了。次の便がやってきたね』


「そんな乗り合いの馬車みたいな言い方しないでよ……。相手の数はどれくらい?」


『500はいる。魔王直属部隊じゃないかな?』


「総大将のお膝元の連中が、か弱い女性1人を相手なんて……暇なのかしら?」


『知らないし、知りたくもない。私の子供達を傷つけた連中なんて、勝手に死んでしまえ』


私の契約妖精様はご機嫌斜め。

でも、少し楽しそう。

全力で暴れることを許可した影響でしょうね。

私は真横を飛ぶ友人の妖精に声をかける。

——どうか怒りませんように。


「ねぇ、リーア。少しお願いがあるのだけど、いいかしら?」


『なんだい?あ、魔王を殺さない?は無しだよ。あれを倒すには当代の勇者の力が必要だ。私達だけでは勝てない』


「ううん。そんな大きなことじゃない。少しだけ……そう。少しだけ未来の話を」


私は、この戦いが始まる直前まで考えていたことを友人に伝えた。


——もしも私が、あの人と同じ場所に行ってしまったら娘を……ファリアのこと、お願いね?


友人は小さく頷いた……気がした。



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