来訪者と親友②

「紅茶の準備ができました。お砂糖などが欲しかったら、遠慮なく言ってくださいね」


「ありがとうございます。では、私からはこちらの資料を」


先ほどまでと雰囲気が逆転したフォリアさんが、真面目な口調で机を挟んで向かい合う私に少し分厚い紙束を一つ渡してきた。

表紙も裏表紙も白紙で、外側からでは何が書いてあるかさっぱりわからない。

とりあえず、渡された紙束を一枚めくってみようかな。


「名前に性別……こっちは生年月日?もしかして……これ、全部誰かの個人情報ですか?」


「はい。これらは、ここ数年で王都で行方が分からなくなった子供の情報です」


「これが多いのか少ないのか私には分かりませんが……王都の外に出かけた結果、魔物に襲われた。とかじゃないんですか?」


フォリアさんは静かに首を横に振った。


「我々も、最初はそう思っていました。いくら王都とはいえ、この大陸からすれば、所詮は一介の自治区にすぎません。日々、王都騎士団や多くの冒険者がこの国に足を踏み入れますが、子供達が道中で魔物に食べられてしまった事例は毎年ありますからね。ですが、ここ数年はおかしなことがずっと続いているんです」


話を聞きながら、私は紙束に書かれている子供達の情報を頭に刻んでいく。

年齢も性別もバラバラ。

貴族も平民も半々ってところかな。

一番後ろの紙に書かれていた王都の地図を見たが、行方不明の子供が特定の地区に集中しているわけでもないので、住んでいる場所にも手がかりはなさそうだ。

ということは、個人情報に乗らないものの中に条件がある——待てよ。


「あの……フォリアさん」


「はい。何でしょうか?」


私は紙束を綺麗に整えると、フォリアさんの前に置く。


「もしかして……私にこの事件を解決させようとしてませんか?」


「……」

フォリアさんは沈黙する。

これでもしフォリアさんが否定したら、この資料を私に見せた理由が分からない。

しかもこの紙、沢山の機密情報載ってるからね。

勝手に見せたあなたは処罰されちゃうよ。


「もし……はい、と言ったら?」


フォリアさんが重たい口を開く。

私は当然かのように、考えていた答えを述べた。


「その時は、丁重にお断りします」


顔も見たことのない被害者の方々には悪いけれど、第三者の私に貴方達の家の子は関係ない。

私には、まだまだやりたい事が沢山あるんだ。

何処にいるかの検討もつかない子供探しだなんて、一生を費やしても解決できないよ。

私は、リーア母さんやこの辺境の街の人との時間と見知らぬ子供を天秤にかけ、前者を優先した。

……ごめんね、フォリアさん。


「……分かりました。では、最後に一つお願いがあります」


「私に出来ることなら何なりと」


今にも掠れそうな声に、私はつい優しく返してしまった。

きっと私の心の中で、フォリアさんの依頼を断ってしまって悪いと思っていたのだろう。

王都からここまで、わざわざ来てくれたのだから。

まさかそれが悪手だとも知らずに、ね。


「私達と戦ってください!そして、もしあなたが負けた場合、無理矢理でも王都に来てもらいます!」


……は?


—————————————————————


いやいや!

ちょっと待ってってば!

気がつけば、私は家の外に出ていた。

幸いにも、私の家の後ろには、とても大きいとは言えないが、模擬戦が出来る程度の裏庭がある。

今、私はそこに立っている。

状況が飲めない私と対峙するのは、先ほどまで対話していた長身の美女。

腰には長剣を携えている——いや、何処にそんな物騒な物を隠してたのさ。


「ファリアさん!約束は必ず守ってくださいよ!」


「私はまだ返答してません——!」


あっという間に距離を詰めてきたフォリアさんの全力突きを体を捻って回避する。

——思っていたよりもずっと速い!


「覚悟!」


身体強化魔法によってさらに加速したフォリアさん渾身の切り上げに合わせて、私は風属性4級の『嵐印矢』を発動。

風の矢が長剣に当たると突風を発生させ、私とフォリアさんは強制的に距離を取らされる。


「ちょっと殺意込めすぎですよー!さっきの切り上げは本気で殺すつもりだったでしょう!」


「シャルちゃんに、『もしファリアちゃんと対峙する時があれば、模擬戦でも殺しにいく気持ちじゃないと負けるからね』と言われたので!」


おい私の親友よ、軽々しく友達を殺すとか言わないでくれ。

その軽口が知らないところで自らの親友の命が取られることに繋がるかもしれないから……まぁ、今そうなっているのだけれど。


「はぁっ!」


再び突撃を開始したフォリアさんに対して、私は光属性5級『光球』で牽制を開始。

距離を取りつつ、迎撃に出る。


「この程度の魔法なら私も使えますよ!それとも、シャルちゃんのご友人の魔法使い様は、そんなに大したことないんですか?」


「あんまり私を煽らないほうがいいですよー。手加減の方法をよく知りませんから」


「強がりはやめたほうがいいですよ?それが——ご自身のためになりますから」


いやいや、本日すでにブルーオーガに氷属性3級『氷層旋回』をぶち込んでますから。

私の『光球』を全て回避、もしくは切り捨てて距離を詰めてきたフォリアさんが大きく私の首元を薙ぎ払う。

剣先は私の魔法障壁を容易く切り裂き、私の首を刎ね飛ばす——が、斬り飛ばされた私の首の傷口から流れてきたのは血ではなく粘り気のある闇。


「こ、これは!ベタベタして気持ち悪い……」


「大丈夫ですかー?もしかして、闇属性3級の魔法をご存じないので?」


悔しそうな顔でこちらを睨んでくるが、体に重くのしかかった闇で身動きが取れないようだ。

闇属性3級『奉令不刃』は、その名の一部通り刃を通さない。

何が『奉令』なのかは分からないけど、かなり粘質のある魔法なので、一人で抜け出すのは困難だろう。


「さあ、これで私の勝ちですね。それでは、私は早くお風呂に入りたいのでこれでお暇させてもらいま——!」


背後に強大な気配。

何これ……人間?

いやいや、どう考えてもこの圧は普通の人じゃないって!

人間の気配なのに人間から外れている存在……?

勇気を振り絞って振り返ると、私の目線の先には3人の人間が立っていた。

全員、仮面をかぶっていて表情は確認できないが、男が2人と女が1人なのはすぐにわかった。

1人は鎧を着た大柄の騎士。

もう2人はローブを着ているので、支援職なのだろう。

騎士の援護役、というわけか。



「ふふふ……みなさん、遅いですよ」


フォリアさんが地面に膝をつきながら怪しく笑った。

まさか——この人たちはフォリアさんの援軍!?

わざわざフォリアさんが犠牲になってまで、私を王都に連れて行きたいとか……。


「すまないな。どういう動きをするのか少し見物させてもらった。おかげさまで、負ける気持ちがこれっぽっちも湧いてこない」


「それよりも、私を助けてくれませんか?この闇属性の魔法、結構重いんですよ」


「悪い悪い。シャ——回復担当、頼んだ」


「……」


白いローブを着た、見るからに僧侶の女性が持っていた錫杖を振りかざすと、杖の先端が光り輝き、フォリアさんの体にのしかかっていた闇が取り払われた。


「さてと。悪いな、お嬢ちゃん。お前に何かされたつもりもしたつもりもないが、これは依頼なんだ悪く思うなよ」


先頭に立っていた鎧騎士が大剣を前にして、高らかに宣言した。



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