来訪者と親友①
シャルマ・ニルフェット――私にとって、最初の友達であり親友の子の名前だ。
私が子供の頃――といっても6……いや7年前だったかな?
まぁ、そのくらいにこの街を出て行ってしまったけどね。
理由は確か……両親の仕事の都合って言われたっけ?
あの子のお父さんもお母さんも商人だから、物量が乏しいこの街よりも、王国に近い街で商売した方が儲かると考えたのだろう。
この街は王国からは結構離れているからね。
なにしろ、王国辺境と呼ばれるほどですから!
「ごふっ……」
「ファ、ファリアさん!?」
私は目の前の長身美女を前にして片膝をつく。
くそっ……王国辺境という言葉が、今日ほど恨めしく思えた日はない。
自分で言って惨めになってくる……。
「い、いえ。問題ありません。ご心配をおかけしました」
「は、はぁ……そうですか」
「今日はもう遅いので、よければ私の家で一泊していきませんか?親友のお話も、沢山聞きたいので」
相手はこの国の中心部から時間をかけて、こんな辺鄙で何もないこの街に来てくれたのだ。
私にできる最大限の『お礼』というものだ。
「そ、そんな!私は突然来訪した身。お気持ちは大変嬉しいのですが、宿まで提供されては――」
ぐぅ〜〜
静かな夜の街に、可愛らしいお腹の鳴る音が響いた。
……私じゃないよ。
私のお腹の音は、こんなに可愛くない。
「あ……」
「あぅ……すみません」
フォリアさんが小さく謝罪の言葉を口にし、恥ずかしそうに体を左右に揺らす。
くっ……!
王国の女は腹の音まで可愛いのかっ!
卑怯者!
その可愛さの半分……いや、二割を私によこせ!
何なら、私の発する音を全てあなたの音と交換してくれ!
悔しさのあまり、地面を殴りたくなる衝動を抑え、私はフォリアさんに提案をする。
「とりあえず、ご飯だけでも食べていきませんか?私、さっきまで叱られていたので、まだご飯食べていないんですよ」
―――――――――――――――――――――
「ファリアさんと私って名前似てますよね。これって偶然なんでしょうか?それとも運命なのでしょうか?」
「名前が似てることが運命なら、この街で八百屋を営んでる女性のルーイさんと、その反対側で魚屋を営んでる男性のルーイさんが結婚する運命にある、と言っているようなものですよ?」
「違うんですか?」
「違いますよ。二人とも、別々の方と幸せな家庭を築かれています」
「面白くないですねー」
「面白さを運命に求めないでください」
会ったばかりの二人が織りなすガールズトーク。
食事の後にフォリアさんが、『せめて食器だけでも洗わせてくださいっ!』と懇願してきたので、手伝ってもらうことにした。
自信満々に懇願してきた割に、フォリアさんは食器洗いはかなり苦手なようだった。
本人曰く、『私は自分の手で食器を洗う必要がありませんから!』だそうだ。
食器を洗ってくれる魔道具でもあるのだろうか?
それでもフォリアさんはめげずに何枚もお皿を洗っていった。
今では、私と話しながら洗っても、手元が狂わない程度に出来るようになっている。
ちなみに、リーア母さんは食器を洗う私に魔法を放ってくる。
私は食器を洗いながら魔法を相殺する。
魔法使いに必須である、魔法に対する反応速度を高める練習なんだって。
だからって、万が一にも魔法が食器に当たって割れちゃったら、リーア母さんはどうするつもりなんだろう。
……今まで一度もそんなことが起きていないのは、リーア母さんの魔法制御が人の域を突破しているからなんだけどね。
自称邪妖精様は伊達じゃない。
「ファリアさん?聞いていますか?」
「え?」
「聞いていなかったんですね……ファリアさんが王国の救世主シャルちゃんの様子を聞きたいって言われたので、せっかく話しているのに……」
「す、すみません!少し考えごとをしてしまったようで」
「別に怒っていませんよ?」
「いやそれ怒ってい――王国の救世主?」
「おや?知らないんですか?」
私の胸の傷口に王国辺境という言葉が再び突き刺さる。
この街には……情報が回ってこない。
多分、唯一の情報源はたまにこの街を訪れる行商人。
私の親友みたいに、この街を出ていく人はいるけれど、この街に定住しようと思う人は少ないだろう。
だって……何もないし。
私の落胆など目に入っていないかのように、フォリアさんは次々と会話の爆弾を落としていく。
「シャルちゃんは、王国では聖女様なんですよ」
「え?」
「今では、勇者パーティの要とも言えますね」
「は?」
「魔王を倒すために、日々頑張っていますよ」
「……」
なんか話が壮大すぎない!?
魔王!?勇者!?聖女様!?
古今東西の御伽話に登場する主演級の三名が今の会話に出てきてるよ!
魔王みたいな妖精なら見たことがあるけるど。
今は姿を消しているリーア母さんが激怒している顔が頭に浮かぶ。
「うぅ……急に寒気が」
「だ、大丈夫ですか!何か体を温める道具は……」
「いえ、問題ありません。それよりも、私の親友であるシャルちゃんが聖女になっているとは……」
「私は王国にシャルちゃんがやってきた時に、最初に仲良くなった人なんですよー」
「ということは、私とお別れした直後ですね」
私はとても安心した。
なぜなら、シャルちゃんが一人になる時間がなくてよかったからだ。
フォリアさんがずっと近くにいてくれたから、新天地でもシャルちゃんは頑張れたのだろう。
……ありがとう。
私は心の中で、目の前の美人さんにお礼を言う。
声に出さないのは……恥ずかしかったからだ。
「あー!!!」
「うわぁ!きゅ、急に大声を出してどうしたんですか!?」
「この時間がとっても楽しくて、本来の役割をすっかり忘れてましたぁ……」
本来の役割?
フォリアさんは懐から一通の書簡を取り出すと、私にそれを渡してきた。
差出人の名前は無し。
ただ、
——最重要案件につき他言無用。内容は使者を通じて伝える——
と書かれているだけだった。
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