事後処理と親友①

「すみません。昨晩はこちらがご迷惑をお掛けしたのにも関わらず、朝ごはんまで用意してもらうだなんて」


「感謝します」


「……」


「いえいえ。さっきも話した通り、私達はすでに和解したんですから、もうこの話はおしまいです。あ、おかわりもありますから遠慮なくどうぞ」


私は、目の前に置かれた自分の皿に乗せられたトーストを千切って口の中に入れる。

熱々のトーストによくバターが染みていて、我ながら上出来だろう。

机を挟んで私の前に座る3人も、何も言わずに食べているのだから、きっと美味しいと思っているに違いない……多分。

まぁ、王都の食事には劣るだろうなー。

仕方ないよ。だって相手は王都だし。

こんな田舎くさい辺境の地に『勇者』と呼ばれる人達が訪れていること自体が偉業なんだから。

さて……この後はどうしようか。

昨晩、私に水属性第1級『全底面桜』を放った魔法使い——ニーシェ君から、ある程度のことは聞いたつもりだ。


『名前とか教えちゃっていいんですか?』


『もう素性も顔もバレてますからね。今更隠す方が怪しいと言うわけですよ』


次に目覚めたドワーフの少女——ゴルディ・エリザリアちゃん……いや、ゴルディさん?も来て、私は情報を交換——もとい一方的な搾取を終わらせた。

まず、彼らの目的は私——ファリア・デイゲールを王都に連れて行くこと国王直々に命じられた、フォリアさんを護衛することだったんだって。なんかややこしいな。

どうやら国王様は、フォリアさんだけで私を連れて帰ることができないと最初から思っていた——訳ではなく、なんと驚くことに、フォリアさんは王女様らしい。

これには私も当然のように驚いた。

私の勝手な想像なんだけれど、物語とか神話に出てくる王女様って、英雄が帰還するのを待っている……みたいな、どこか暇そうな役職だと思ってたんだよね。

私が今世で初めて見た王女様は、長剣を振り回す前衛だった。怖いし危なすぎるよ。

あの王女様……後々反乱軍を率いて最前線で戦ってそうだなぁ、とか思ってたら、今の国王様の政治は安定してるからそれはないって、ニーシェ君から怒られてしまった。

勝手に少女の思考を読むなよ。

優男だからって、何でもして良いと思ってない?


「?もしかして、私の顔に何かついてますか?」


忌々しい優男が張り付いてます。

引き剥がしますよ?

……話を戻そう。

ちなみに、私を地面に押し倒した鎧騎士が『勇者』——ウォンスト・クーリという奴らしい。

ニーシェ君曰く、『知能は酷いが、もはや人の身では太刀打ちできない身体能力の高さは馬鹿にできない。『聖鎧』は解放した。だが『聖剣』はまだ解放されていない。さらに、他の装備も集まっていない。故に、クーリはまだまだ強くなるのは確定している』と。

『聖剣』というのは、あの鎧騎士が振り回していた大剣のことだろう。

『聖鎧』は、私の拳を平然と受け切り、リーア母さんの魔法を跳ね飛ばしている。

まだまだ強くなるとか……末恐ろしい奴め。


「ごちそうさまでした」


「美味であった」


「……」


3人が食事を終えたようなので、私はお皿を片付け始める。

まだ起きてこない他の2人はまたあとで準備すれば良いよね。

冷めたトーストなんて美味しくないもん。

お皿を重ねていると、背中を2回突かれる。


「ひぇっ!」


「おっと!」


あまりに不意打ちだったので、思わず手から皿が滑り落ちてしまった。

ナイスキャッチだよニーシェ君!

振り返ると、そこに立っていたのは仮面の僧侶さんだった。

そういえば、まだこの人のことは何も聞いていないや。

私の問いかけに基本答えていたのはニーシェ君とゴルディさんだったし、私が目を逸らした一瞬に食パンを食べ終えてたから、顔も見れてない。

挙げ句の果てに、昨日この人を2階に運んだのはリーア母さんなのだ。

私だったら、絶対に勝手に仮面外しちゃっていただろうなぁ。


「ごめんな……さい」


「いやいや!私が勝手に落としちゃっただけなので。それよりも、何かありましたか?」


仮面僧侶は少し俯いて、ニーシェ君とゴルディさんを一瞥した……気がした。


「お片付け……手伝います」


「本当ですか!ありがとうございます!」


仮面僧侶さん優しい人だなぁ。

でも、ちょっと照れ屋なのかな?

まだ仮面を外してないってことは、そう言うことなのだろう。


「では、台所に案内します。お皿は私が持ちますね」


—————————————————————

シャルとファリアさんが部屋を出ていくと扉が閉まり、部屋の中は僕——ニーシェとゴルディの2人きりとなった。


「はぁぁぁ……」


「随分と大きなため息だの。福が逃げるぞ?」


本気で悩んでいる僕を揶揄ってくるドワーフの少女を少し睨むと、そのまま机に突っ伏した。

温もりが感じられる木のテーブルは、僕を優しく受け止めてくれる。


「ゴルディ、冗談を言っている場合じゃないよ。国王様への報告はどうするのさ?」


「わしらの目的——王女様の護衛は達成しておる。今も2階でぐっすりと寝ておる王女様が何よりの証拠じゃ。失敗しておるのは先走ったフォリア様のみ。わしらにお咎めは無しじゃ」


「それはそうなんだけどさ……」


「ならばお主が頼んでみるか?『お願いです!子供が誘拐される事件を解決してください』とな。それでも、あの娘はきっと動かんぞ」


「そんなものは分かってるよ。やっぱり、きちんと包み隠さず全てを伝えるべきだったかな?」


子供の誘拐事件は確かに増えている。

だが、増えているのはそれだけではない。


「ありえない地域での龍の目撃情報。魔物が突如として増加・減少する。突然変異の植物や鉱石。流行病に異形の生物の目撃情報。全部が一連の誘拐事件に関わっておるとは思えんが、これだけ問題が起きていれば、一つや二つは関係性がありそうじゃ。前の勇者が魔王の奴をぶちのめしておらんかったら、その対処も追加せんといかんかったな」


「まぁ、おかげさまで僕たちは、大陸各地に飛んでいってしまった勇者の装備を集め、さらに力を解放しなくてはならなくなったけどね」


「くくく……それもまた一興ではないか?」


長命種はいいなぁ。寿命のことを気にしなくてよくて。

僕やクーリ、シャルは人間だ。

他の種族と比べて寿命は短いし体も脆い。

老いれば当然醜くなる。

比べてドワーフやエルフのような長命種は、人間よりも遥かに時間が進むのが遅い。

ゴルディは自分の年齢を不詳と言い張り、さらに容姿も幼いが、中身は僕たちの何倍も歳をとっている……と思う。

確証はないから誰にも伝えてはないけど。


「それよりも、わしはあの2人がどうなっておるか気になって仕方がない」


「あの2人……あぁ、シャルとファリアさんのことか。たしか、昔の知り合いなんだっけ?それがどうかしたの?」


「シャルはまだ仮面を外していないじゃろ?」


「そうだね。それは僕も気になっていたよなんでだろう?」


「その理由は簡単じゃ。シャルはファリアと対面で話すことを、とてもとても恥ずかしがっておる」


「……それだけ?」


「それだけじゃ」


「それがなんで気になるのさ?別に、さっと仮面外して顔を合わせちゃえばいいのに」


僕が提案すると、ゴルディは首を横に振った。


「お主には少女の心がこれっぽっちも無いの」


「僕は少女じゃないからね」


ゴルディのため息にむっとする。


「久しぶりに友人と話す少女は、何を話して良いか分からぬものなのだよ。だがもし、もしもシャルが仮面外して自分の正体を曝け出したのなら、運命は変わるやもしれん」


ゴルディは、既に興味を惹かれている僕を一瞥してにっと笑うと話を続けた。


——あの子はきっとシャルには弱い。だから、もしかするとシャルが仮面を外し、頼むことができたら彼女は効くかもしれん、と。











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