突然と親友②
世界の色すら吹き飛ばす。
そんな恐るべき大魔法を放ったリーア母さんは、涼しげな顔で私の肩に座っている。
最後にリーア母さんが放った闇炎複合魔法の『淵草残魂』は、周囲の木々を薙ぎ倒すだけではなく、空に雲ひとつない満月を生み出していた。
私達の目の前には、先ほどまで勇猛果敢に私と命のやり取りをしていたはずの5人が倒れている。
全員、何とか息はしているようだ。
回復役の女僧侶以外は、全員仮面が割れてしまっているので、素顔がわかってしまっている。
「生きててよかったぁ……」
私は胸を撫で下ろす。
もし、リーア母さんがこの人達を殺してしまったら、私たちはもうこの街にいられなくなる。
……決して、この鎧騎士の安否を心配したわけではない。
きっと、悪い奴ではないんだろうけど……なんて言うか……力任せなところが……ね?
地面に押さえつけられた時も痛かったし。
「おりゃ!」
「ごふっ!」
私は恨みも恩も忘れない女なのさ。
気絶しているので、脇腹を蹴った時に反応はあったが、目は覚めていない。
……このまま放置しておく?
「明日の朝に勝手に帰ってくれる……なんてことはないよね……」
『それは絶対に無理だね。こいつらはファリアを殺してでも連れて帰ろうとしていた。蘇生魔法が適用される時間内にファリアを王都に運び込むために、わざわざ少し離れたところに飛龍まで待機させてね』
「飛龍なんてい……た」
リーア母さんの視線の先には、気配探知を阻害する魔法を全身に受けた大きな影があった。
この鎧騎士一派の相手に夢中になって気が付かなかったや。
人を運ぶ種族は馬やグリフォンなど沢山いるが、その中でも飛龍の最大の特徴は、これらのどの種族よりもはるかに早いということ。
ここから王都までかかる時間は……半日かからないくらいかな、分かんないけど。
……だって、私は生まれてから1度も王都に行ったことはない。
「……どうせ私は死ぬまで何もないこの街で生きていくんだ……はは」
『この子は何を突然言い出しているんだ?』
この街から王都に徒歩で向かうとなると、1月は簡単に持っていかれる、と言われている距離を、この翼を持つ高貴な種族は人間とは比にならない速度で進んでいく。
その代わり、手懐けるには数年はかかると言うし、他の種族よりも餌代は比べ物にならない。
体が大きい分、他の家畜と同じ大きさの宿舎では飼育することもできないから、専用の宿舎を作らなくてはいけない。
だから、この街で飛龍を飼育している人はいないんだよね。
ここは田舎だからね……はぁぁ。
「あの飛龍、どうしよっか?」
『飛龍は放置しておいても死にはしないだろうさ。この辺りに龍を殺せるような魔物はいない。だが、『勇者一行』と『王女様』は意識を失っている間は無防備だ。とりあえず、2階の空き部屋に連れて行こうか』
「ねぇ。さっきも言っていたけれどさ。その、『勇者一行』とか『王女様』ってのは何?通り名とか称号っていうやつ?」
『?そっか、リーアは知らないのか。すまないね。中々気が付かなくて』
「……私のこと馬鹿にしてる?」
『してないよ。多分きっと』
「多分きっとって何?やっぱり私のこと馬鹿にしてるじゃん!」
急いで肩にいる自称邪妖精様を取り調べようとしたがもう遅い。
私の殺気を敏感に察知した邪妖精様はすでに私の肩という安寧の住居を捨て、自由な空へと飛び立っていた。
すぐに捕まえようと空中を飛ぶリーア母さんに手を伸ばすも、まるで私を弄ぶかのようにひらひらと手を躱され、中々捕まえることができない。
しかも、たまに避けた手の甲に頬擦りしてくる。腹立たしい。
『ほらほら〜。右だよー。やっぱり左かなぁ?』
「うぅ〜!いったいその小さな体のどこにこの機動力が詰まっているの!?」
『昔はよく精霊は狙われたからね。毎日障害物を避ける練習をしたんだよ。ファリアも練習すれば、いずれできるようになるから安心しな』
「いや『無理』だからぁぁぁ!!!」
感情が昂った私は迷わず土属性第3級『岩影随破』を発動。
私の周りに宙を浮かぶ岩石が4つ生まれる。
『お?ついに本気になったようだね?』
「五月蝿い!」
縦横無尽に空中を飛び回るリーア母さんに向けて、怨念のこもった岩石を発射した。
「ぐふっ!」
あ。
岩石の一発が軌道から外れてしまい、気を失っている鎧騎士のお腹に直撃した。
鎧騎士は、ちょっとだけ口から血を吹き出した。ごめんなさい。
——私達は、申し訳ない気持ちがいっぱいになりながら、この鎧騎士達を2階へ運んで行った。
—————————————————————
目が覚めると、知らない天井の下で知らないベッドの上で寝ていた。
寝たままの状態で横を見ると、すやすやと寝息を立てて眠る我らが王国の王女様の姿が目に入った。
昨夜は確か……シャルの知り合いと戦って、最後に言葉に表せないほど凄い魔法を全身に受けて気を失った……?
あやふやな記憶の中、とりあえず上半身を起こそうとして——体を激痛が爆走していった。
「痛てて……」
よほど疲れているのだろう。
横でぐっすりと眠るフォリアを起こさないように、声は我慢したつもりだったが……少し漏れてしまったな。
とても腹が痛む。
食べ過ぎで引き起こされる痛みではなく、まるで何かとても重いものが上から落ちてきて受け止めた、みたいな?
脇腹も痛い。こっちは蹴られたのか?
俺が気を失っている間に何があったんだよ。
——最後に見た光景を思い出して体が震えた。
……というか、最後の魔法は何だったんだ?
このメンバー唯一の魔法使いであるニーシェは、第1級の魔法を全て扱える、王都でも指折りの魔法使いだ。
だが、そんなあいつがあの魔法を見て、最初で最後に言った言葉は
——知らない。こんな黒い魔法は知らない——
だった。
黒い魔法ってのが、あいつ特有の表現なのは分かったんだが、それよりもニーシェが知らない魔法があることに、俺は驚いている。
脇腹の痛みに耐えられなくなってきたので、目を瞑り、もう一度ベッドに横になる。
「まったく、酷い目に遭ったもんだぜ」
『それは何よりだ。私も、お前たちを追い返すためにあの魔法を使った甲斐があったと言うわけだ』
「ったく。女1人の相手でもこっちは大変だったのに。最後の小さな悪魔みたいな奴の魔法は反則だろ?」
『誰が悪魔だって?』
「だーかーら!最後に魔法を使ったあの……小さな……あく……ま……」
俺は言い終えてから違和感に気がついた。
『そっかー。それは怖かっただろうねぇ』
俺は誰と話している?
この目を開けばきっと答えを知ることができる。
だが……それはきっと残酷な結末だろう。
ここはあえて……あえての目を瞑ったまま寝たふりを——
『起きろ』
「はい!」
『座れ』
「……はい」
この後、床に座らされながら脇腹の痛みと戦い、さらに悪魔の説教……こほん。拷問を耐え抜いた俺は、何か新しい境地に至ったような気がした。
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