事後処理と親友②
「どうぞ」
「ありがとうございます」
仮面の僧侶さんは無愛想ながらも、私に洗い終えたお皿を渡してくれる。
私はお皿を受け取ると、タオルで水気を拭いていく。
お皿の枚数はそこまで多くなかったため、洗い物はすぐに終わってしまった。
……終わってしまったのだ。
私はまだ、まともな会話をこの人とできていない。
あーあ、どこかに話題落ちてないかなぁ……。
今日は天気が良いですね。
そんなものは見れば分かるよ。
王都はどんなところ——だめだめ!
そんなことを聞いてしまえば、きっと私は王都に行きたくなってしまう。
こんな……こんな辺鄙で不便な辺境の地を離れて、王都という解呪不可の呪いが死ぬまで私に取り憑いてしまうだろう。
あとは……何か好きな食べ物ありますか?
私は.お肉もお魚も好きだ,
でも、王都の食事を知るこの人に、そんなことは田舎者臭が漂ってしまって言えないよ!
もし返答が、『どのようなお料理がお好きで?』とか聞かれたら、焼くか煮るもしくは蒸すぐらいしか、私の食べたことのある肉・魚料理の調理方法は知らないので、適当にはぐらかしてしまうだろう。
はぐらかしてしまえば最後、きっと会話は終わってしまう。
神よ!私はどうすれば良いのだぁ!
必死に心から祈るが、普段は無神徒無宗教の私に、存在すら不明の神は手を差し伸べてはくれない。冷たいなぁ。
そんなことを考えていると、仮面僧侶さんから最後のお皿が手渡される。
……指が細く、綺麗な肌だなぁ。
「これで最後のお皿ですね。あとは私が全てやっておくので、ニーシェ君とゴルディさんのもとへ戻っていただいて大丈夫ですよ」
「……片付けも手伝います」
あぁ!なんて優しいお方!
リーア母さんなんて、途中で皿洗いをすっぽかすことなんて日常茶飯事だ。
あの邪妖精とは正反対だなぁ。
私は、あたかも涙が出ているかのように目もと拭う。
「?」
「い、いえ!お気になさらず」
私が目もとを抑えたため、仮面僧侶さんは心配そうに顔を覗き込んでくれた。
なんとまぁ、心配性なことだ。
『ファリアちゃん!危ないからそっちにいっちゃだめだよ!』
『ファリアちゃん!そっちの森は、大人の人たちが怖い魔物が出るって言ってたよ!』
『ファリアちゃん!』
頭の中で、仮面僧侶さんと同じように心配性の親友の姿が思い起こされた。
私はいつも、『大丈夫だって』とか『ちょっとだけ、だからさ?』と言って、友人の助言を無視していたなぁ。
おかげさまで、幼い頃の私は急流に流されたり、森の中で遭難しかけたり、はたまた巨大な魔物に襲われたりした。
その時の私の横には、いついかなる時も親友がいた。
あれほど心配していた割に、着いてきてくた親友に、私はいつも助けられていた。
「昔はよく、2人でこっそりモルの実を食べにいったっけなぁ……」
たしかまだ、ここの棚の下に……あった!
私は、右手で鮮やかな紅色のモルの実を、左手で横に置いてあった緑のモルの実を手に取った。
「それ……モルの実……」
横を向くと、仮面僧侶さんは私の左手に取っていた果実を指差した。
「そうですよ。というか、仮面僧侶さんはこの実を知っているんですね」
仮面僧侶さんは頷いた。
モルの実を知っているなんて珍しいなぁ。
リーア母さん曰く、王都ではこの街でしか取ることのできない、『幻の果実』って言われているらしい。
少しの振動で傷んでしまい、特殊な条件下でしか育つことができないモルの実は、栽培も運送も困難のため、どの商人も手を出したいが出せないものになっているらしい。
そんな王都では貴重なものを、なぜ仮面僧侶さんは知っているんだろう?
「私……昔……この街に住んでいました。その時によく……」
そこまで言うと、仮面僧侶さんは首を横に振って、小さな声で『忘れてください』と言った。
……もし、私がシャルの代わりに王都に行っていたら、モルの実のことをどう思うだろうか?
『おいしいね!ファリアちゃん!』
幸せそうな顔をして、もぎたてのモルの実を齧った親友の笑顔が脳裏に蘇る。
次の瞬間、私は洗ったばかりの綺麗なまな板を目の前に置き、よく熟したモルの実をその上に置いた。
「……何を?」
「食べよっか。このモルの実をさ」
「え……?」
「あとは私が全てやっておくからさ!今度こそ、ニーシェ君とゴルディさんの元でゆっくり休んでいなよ!」
「え、でも——!」
少し荒っぽいけど、仕方ないよね。
私が右手の人差し指を立てると、光属性第5級の『光球』が発動し、驚いた仮面僧侶さんが身を屈める。
その隙に、闇属性第4級の『黒鋼矢』が空中に顕現。
ちょっとだけ魔力を多く流して、形を矢から紐状に変える。
そして、闇の紐は状況が把握できていない仮面僧侶さんを拘束した。
「それではごゆっくり〜」
風属性第5級の『風弾』をいくつも発動し、拘束されて動けない状態の仮面僧侶さんを空中に飛ばして送り返す。
ちょっと悪い気もするけど……まぁ、いっかな。
私は、再びモルの実と向き合う。
思い出の味か……。
私にとっての思い出の味はリーア母さんの温かい料理だと思っていた。
でも、それはリーア母さんと私の思い出。
シャルと私の思い出の味はこれなのだ。
ならば、再会する時に食べるのは当然の理!
「仮面くらいで気が付かないと本気で思っているのなら、私を甘く見過ぎだよ」
まるで、この美味しそうな緑色に熟しているモルの実のようにね………………なんつって。
私は、親友との思い出の味に向けて、勢いよく包丁を差し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます