第6話 回想
その夜
大正の欄を目で追って、九十七歳から五年昔へと遡る。理事長の兄が、大正十年生まれであることを理解した。
「一九四五年……終戦の年に二十四歳か……若いな」
園長が語った、どんぐりを埋めた少年の話を回想していた。
徴兵された彼は、終戦後も故郷に戻ってくることはなかった。家族が弔うことができたのは、戦友が辛うじて持ち帰ってくれた僅かな遺品だけだった。
すうすうと、規則正しい寝息が聞こえてきた。はっとしてそちらを見ると、ビーズクッションの上で
「ちょっとお、唯央。お布団行くよ。もう少し頑張って」
軽く揺さぶってみたが、起きる気配はない。諦めた紗也佳は、「よいしょ」と気合を入れながら息子を抱き上げた。唯央は六歳児にしては身体が大きい。平均身長より大分小柄な紗也佳にとって、抱き上げながら階上に上がるのは、なかなかの大仕事なのだ。
「歯磨き済ませておいてよかったぁ」
布団に横たえる時、腕が耐えられなくてやや乱雑に落としてしまったが、唯央の寝息は乱れない。
――私ももうこのまま寝ちゃおうかな
夫は今日も帰りは遅いだろう。毎月決まった時期に繁忙期が訪れる彼の仕事は、既に慌ただしい時期に突入している。
寝息と共に小さな胸が上下する動きをぼんやり見つめていたら、紗也佳はあっという間に現の世界から転がり落ちていた。
ざあざあと耳の奥に聞こえたのは、夢の世界の自然音だろうか。今日どこかで聞いたな、と紗也佳は思い、それがアラカシの葉が風に揺れる音であることを突き止めたのが、この日最後の彼女の意識だった。
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