第9話 私のぼうや
あすか幼稚園は、A市で最も古い幼稚園である。創立は昭和三十三年。日本が終戦を迎えてから、まだ十三年しか経っていなかった。
「園舎からよく見えるわね」
母は嬉しそうだった。
真新しい板張りの床の上を、子供達が興奮気味に跳び回ったり、走り回っている。
柔らかく軽い足音は、何かの楽器のようだった。規律の取れたリズムではないのに、その旋律は私の心の踊り出したい衝動を誘い出す。幸せな子供が生み出す音は、この世のどんな音楽よりも美しい。
「あの木、もっと大きくなるかしら」
細く、節くれだった指だった。その指が何度も何度も、子供達を抱きしめ、頭を撫でてきたことを知っている。
私も、そして兄も、そのうちの一人だった。
「今年もどんぐりを沢山実らせてくれるかしらね」
兄は遂に戻ってこなかった。
最期の様子を仔細に聞いた時、母はどんな思いだったのだろうか。その時彼女が口にした言葉は、魂が抜けたような乾いた一言だった――『私の坊やは、死んでしまった』
「子どもが楽しそう。皆笑ってる。こっちまでわくわくしてくるね」
私の方を振り返った母は、トントンと私の肩を嬉しげに叩いた。
「きっと素敵な園になる。アラカシがそう言ってる。そうでしょ? 園長先生」
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