第4話 残念な報告

 アラカシの木の伐採を父母たちが知らされたのは、今月の定例保護者会でのことだった。


 月に一度開かれる保護者会では、日頃の保育の報告と、事務連絡が行われる。長期休暇中に行われる園の設備修繕や遊具の点検計画についても、この場で行われるのだ。

 

「ご存知の方もいらっしゃるかも知れません。春休み中に、太い枝が落ちてしまったことがありました」


 園長のこの説明に、紗也佳は「ああ」と頷いていた。


 春休み中に数日、唯央を預かり保育に預けたことがあった。朝送りに行った時、園門を開けてすぐのところに、一本の巨大な枝が横倒しになっていたのだ。紗也佳の胴と同じくらいの太さの幹が、なぜ枝だとすぐにわかったのかというと、アラカシの巨木が片腕を折られた人のように、痛々しい姿を晒していたからだ。


 前の晩は珍しく雷雨だったので、風の影響で枝が落ちてしまったのだろうとのことだった。幸い深夜の出来事だったので、落ちた時園庭は無人だった上に、隣接する個人宅にも影響はなかった。


「折れた箇所から木の内部を見て、大分傷んでいることが判明しました。あのアラカシの木は過去に二度、猛火に晒されています。一度目は太平洋戦争末期の空襲。二度目は二十年前の隣家の火災です」


 園長の説明に、保護者会に参加していた父母たちから小さなどよめきが漏れた。紗也佳もそのうちの一人である。近くに座っていた母親達と、その驚きを共有した。


「空襲? そんなに昔からあの木はあそこに生えてたの?」

「確かに大きな木だよね」

「隣が火事になったことなんてあったんだ……」

「私その火事知ってる。お隣は全焼だったんだよ。でも幼稚園は無傷だった」


 保護者会が開かれているのは、行事のときに全学年の園児達が集うことができる、一番大きな教室だった。その部屋の窓から、青々とした葉を広げる、アラカシの木がよく見えた。


「空襲の際、この辺りは広範囲に燃えてしまったそうです。奇跡的にあの木は残った。私も戦後の生まれなので、聞いただけの話ですけどね。二十年前の火災では、枝の一部は燃えてしまいましたが、茂った葉が火の粉が園にとんでくるのを防いでくれた。風向きも幸いして、園舎も無事でした。あの木は、幼稚園を守ってくれたのです」


 皆しんとして、園長の言葉の続きを待っていた。


「伐採の決断は、とても……とても残念なことです。けれど内部の痛み具合から見て、近いうちにまた枝が突然落ちてしまう危険がある。園児を始め、幼稚園を利用される皆さんの安全には変えられません」


 窓の向こうの大木に視線を送るのは、紗也佳だけではなかった。

園庭からは、園児たちの高い声と笑い声が聞こえてくる。穏やかで平和な昼下がりだった。


「あの木、樹齢は何年なんですか?」


 保護者の一人から質問の声が上がった。


「百歳になりますね」


 その日二度目のどよめきが、会場内を包んだ。

 園長は笑っていた。


「あの木は元々、子供が拾ってきたどんぐりから大きく成長したものなんですよ。そのどんぐりを埋めたのは、僕の伯父にあたる人――理事長のお兄さんです」

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