第7話 夏のある日
「へえ、今日?」
夏休みが始まって、二週間が経過していた。来週末には県外の夫の実家へ帰省する予定だった。
炒め上がったチャーハンを皿に移しながら、紗也佳はスマホの方へ顔を近づけた。
「そうなんだ。お迎えの時には片付いてたんだ。あっという間に終わっちゃうんだね」
なかなか終わらない通話が気になった様子の唯央が、テレビの前から足早に此方へやってくる。通話内容を把握しようと、彼は母親の腰にまとわりついてきた。
「うん、いいよ。私明日も唯央とプール行こうと思ってたから。そうなんだよ、毎日市民プールにお世話になってるよ。暑すぎて公園なんて行けないもん。うん、午前中。それじゃあ明日ね。おつかれさまー」
通話が終わるのを待ち構えていた唯央は、軽く上下に身体をゆすりながら問を畳み掛けてきた。
「今の電話、まやちゃんのママからでしょ? 声でわかったよ。明日も僕、プール行けるの?」
夏休みといえば、普段できないようなワクワクするような計画で目白押し。そんな子供らしい考えが表情にまで溢れている。紗也佳は期待に瞳をキラキラ輝かせている唯央を見て、思わず声を上げて笑っていた。
「そう。明日もプール行こうね。まやちゃんちも明日行くんだって。プールで一緒に遊べるよ。」
唯央を抱き上げ、椅子の上に座った。膝の上に乗せて向かい合った息子の柔らかい頰を、つんつんと指先で軽くつついた。
「来週にはお父さんも夏休みに入るよ」
「一緒にプール行ける?」
「うん。唯央は本当に水遊びが大好きだね」
「流れるプールも、スライダーも大好き。ねえ、お父さんとお母さんと、三人で一緒にプール行こうね」
「もちろん」
一層顔を輝かせながら、唯央は膝から降りると踊り始めた。いつもテンションが最高潮に達したときに見せる、彼の歓びの舞である。
「今日ね、園庭のどんぐりの木切ったんだって」
「えっ?」
唐突な言葉に、唯央の舞いは中断した。
「どんぐりの木、もう切られちゃったの?」
アラカシの木の伐採については、終業式の日に園児たちにも知らされたのだ。
「今日切ったみたい。まやちゃん、今日預かり保育で幼稚園行ってたんだって。朝はあったけど、お帰りの時には綺麗になくなってたんだって」
「そっか」
唯央の表情の中に、困惑とも、受容とも異なる複雑な色が見えた。紗也佳にはその感情が何であるのか、断言できない。
「寂しくなっちゃうね」
この言葉は、紗也佳自身に対するものでもあった。
「だけど、切り株は残すんだって。おままごとのテーブルにしたり、上に乗って遊んだり……これからも一緒に遊べるんだよ」
これは息子に対する、慰めのつもりだった。しかし唯央は、「うん」と短く気のない返事を返した後、
「お腹減ったぁ」
と欠伸をしたのだった。
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