第2話 木陰
人口十万人のE市には、五つの幼稚園があった。昨年まではもう二園あったのだが、少子化の波と共働き世帯の増加から、幼稚園のニーズは減り続ける一方である。我が子の入園を希望する親が一人も現れないまま数年が経過し、遂に完全閉園するしかなくなってしまったのだ。
生き残った五つの園も、園児の確保が芳しいとは言えない。今年度入園した年少児の人数は、どの園も昨年度よりも軒並み減っていた。
***
「
「早いねー。どうしたの?」
紗也佳の姿を見つけた数人が、あっという間に周りに集まってきた。皆彼女が誰の母親なのか把握している。アットホームを売りにした、小さな園である。
子供たちは口々に自分が今どんな遊びをしていたのか、紗也佳に報告を始めた。
昨日まではなかった蟻の巣穴を見つけた、泥除けマットをひっくり返したら青いトカゲが走り出していった、畑でトマトが赤くなりはじめていた――――子どもたちの口調は早く、舌の動きが追いつかずに時折発音がおかしくなった。我先に報告せねばと必死だ。いつだって彼らは全力なのだ。
「今日、僕早帰りだっけ?」
友達の一人に手をひかれて、唯央が首をかしげながらやってきた。
園庭の時計に目を向ければ、まだ降園時間まで二十分以上あった。いつもお迎えのために保護者達がこの園庭にやってくるのは、降園時間五分前を回ってからなのだ。
不思議そうな息子の顔に、紗也佳は首を振った。
「お母さんね、さっきまでそこの歯医者さんに行ってたの。ちょっと早めに終わったから、家に戻らずに園庭で待ってようかなと思って」
「ふうん」
唯央はそれ以上の興味を持たなかったのだろう、母親に「じゃあ後でね」と言い残して遊びの輪へと戻って行った。いつもの仲良しメンバーで、氷鬼の真っ最中だったらしい。
紗也佳を囲っていた女の子達も、それぞれの遊びへと戻っていった。何人かの教員達と挨拶を交わし、「今日も暑いですね」などとこの時期の決まり文句を口にした。
「本当に暑いなあ」
季節は七月。再来週には夏休みが始まるのだ。
連日最高気温は上昇していて、もうすぐ熱中症を警戒して外遊びが制限される程になるだろう。
紗也佳の足は自然と園庭の片隅の、日陰へと向いていた。鬼ごっこや縄とびに興じる子どもたちの邪魔にならずに、涼を取れる良い場所なのだ。
そこはアラカシの大木が作る、大きな木陰だった。
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