第8話 「一枚、埋める」お題・方眼

 私の目の前には、白紙の方眼用紙がある。

 ああ。何から書き始めよう。

 大体にして、推理小説家である私にエッセイの依頼など、お門違いというものだ。

 そう伝えて断ったのだが、担当編集は「まあまあ先生。とりあえず、お試しで一枚! 一枚だけ!」などと言い、引き下がらなかった。

 ……仕方がない。一枚だけだぞ、本当に。


 しかし困った。一体、何を書こう。伝えたいことなど、特にない。

 大体、言いたいことがあるなら、作品で語るのが作家というものではないのか。

 ……だが、私もプロだ。

 白紙の方眼──要するに原稿用紙だが──を埋めることなど、造作ぞうさもない。内容? ええい、そんなものは二の次だ、二の次。

 何しろ、〆切は三十分後なのだ。今は、間に合わせることだけを考えよう。

 まずは自己紹介。私は乱歩賞を受賞して三年、新進気鋭しんしんきえいの推理作家である。

 何、自分で言うな? 本当のことだ。謙遜けんそんしても始まるまい。

 大体、昨今の作家の扱いときたら──あ。まった。

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他愛のない一日の物語・八編(2023年文披31題) 明日月なを @nao-asuzuki

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