3話 くじ引き③

 今日の集会の参加者は演出希望者だけのハズだった。そこに現れた役者部の水瀬遙風に二年生の先輩方ーー川上先輩は小さな悲鳴をあげ、間宮先輩は両手で口元を押さえて目を見開き、春山先輩は黙ってうつ向いてしまった。

 そして私はといえば、頬が熱い。鏡を見なくても顔が赤くなっているのがわかった。

 いったい水瀬先輩はどこから聞いていたのだろう?

 自分は今どういう行動をしたらいいのか、身の置き所がない。

「行こうか」

 水瀬先輩は私にそう囁くと、「じゃあ、皆さんご機嫌よう」と、陽気に右手を振りながらも、左手を私の手に絡めて颯爽と部室を後にしようとした。

「いやいや、ちょっと」

「くじ引きはもう終わったんだろう?」

「先輩方がまだーー」

「問題ない。どうせ公演日になれば分かるんだから」

「そういう問題じゃないです!」

 ドアの前で互いを手を引き合い、押し問答していると、パンっと音が響いた。

 私は反射的に動きを止め、音の方を見た。

 神田部長が両手を合わせて微笑んでいる。

 今のは芝居の稽古の始まりの合図である手を打つ音ーーなんと呼ぶかはわからないので仮に一拍手いっぱくしゅと呼ぶことにしよう。

 これは、テレビ撮影で使われるカチンコの役割を持つ。テレビや映画の撮影で使われている黒と白のシマシマのやつだ。

 始まりの一拍手を演出が叩けば、次の一拍手である終わりの一拍手が叩かれるまで芝居を止めることは許されない。逆に続けていたくても、一拍手が叩かれれば瞬時に動きを止め、演出の言葉を待たなければならないのだ。

 演劇部のさがだろう。演出の叩くこの一拍手の音には抗えないのだ。

 部室にいる全員が動きを止め、姿勢を正して神田部長の次の指示を待っている。

「水瀬、葉月」

 名前を呼ばれ、私の背中に緊張が走った。

 神田部長の表情にも声にも怒りは感じないが、穏やかさも感じない。芝居の稽古時と同じ、底知れない威圧感を感じるばかりだ。

「二人とももう帰っていいぞ。というか、騒ぐならとっとと帰れ」

 水瀬先輩は私に「ほらね?」と、言葉にはしないが目をイタズラっぼく動かして肩をすくめてみせると、神田部長に向き直り、芝居がかった仕草で「かしこまりました」と胸に右手を当てお辞儀した。

 そして、頭を下げたまま左斜め後ろに立つ私に目配せしてきた。君も一緒にやりたまえ、という意味だ。

(どこぞの貴族だ)

 後ろからどついてやりたい衝動をグッと堪えて右手を胸に当て、「お騒がせして申し訳ありませんでした。お先に失礼させていただきます」と、頭を下げた。

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