2話 くじ引き②

 私は眼の前に差し出されたクジ入り箱に右手を差し込んだ。先輩達の視線が身体に刺さる気がして、早くしなければと私の心は急いていた。折りたたまれた紙が指先に当たり、私はそいつを掴み出した。掴んだクジの紙が手の中でカサリと音を立てた。半分の半分、二回折られ、四つにたたまれた紙が開きかけていた。

 見えそうで見えない物に、人間はどうして惹きつけられるのだろう。

 私はその紙を開きたい衝動に駆られた。

 いま、この世界にあるのは、私とクジだけーー周りの景色も音も何も見えないし聞こえない。開きたい、そっともう片方の手を添えた瞬間、「まだ開くなよー」と、神田部長の声が私の世界に割り込んできた。

 私は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。背中が跳ね、両手でクシャリとクジを握りこんだ。

 あたふたと辺りを見回すと、クジ箱を持った三崎副部長が二年の先輩方にクジを引かせていた。

「はい、次、間宮まみやで最後ね」

 いつの間にか進行が進んでいた。

「よし、クジ開いていいぞー」

 部長のお許しが出て、各々おのおのクジを開いた。

 握りしめていたクジの紙が汗のせいでシナシナと波打っていた。そこに『水瀬遙風』という名を認めて、私は心の中でガッツポーズをした。

「じゃあ、一年生から発表していこうか」

 三崎副部長がホワイトボードに『葉月』と書いた。私が「水瀬先輩です」と言うと、二年生達がざわついた。

「ヤダ、クジ運悪すぎ〜」

 二年の春山先輩の甲高い声が部室に響いた。

「代わってあげるよ!」

「いえ、あのーー」

 私は断ろうとしたが、春山先輩は遮って続けた。

「部長、交換って有りでしたよね」

「推奨はしないけどな」

「ほら、いいってさ!」

 春山先輩はニコニコしながら、勝手に話を進めてくる。

 親切ごかしているが、下手な芝居だ。目の奥が笑っていない。

 先輩の狙いは、優れた役者ーー水瀬遙風を奪いたいのだ。

 戦いはもう始まっているのだ。

「厄介だからね、アイツは。まあ、私は同期だから大丈夫ーー」

「ーーいえ、」私は春山先輩の言葉を遮った。

「私は、水瀬先輩を厄介だと思ったことないです」

「あっ、そう、?」

「それに、クジ運悪くないです。おみくじでも大吉以外引いたことないですし、今回のクジも水瀬先輩で大大吉です」

「よかったな、狂人!」神田部長が廊下に向かって声を張った。

 間もなく部室のドアが開くと、「日頃の行いが良いからですかね」とニコニコしながら狂人ーー水瀬遙風が現れた。

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