丸山女子高等学校演劇部

yori

プロローグ 

 狂人に出会ったのは入学して間もない頃だった。


 私は中庭の噴水の前に置かれたベンチに腰掛け、文庫本を開いていた。

 丸山女子高等学校の校舎の前には噴水のある中庭がある。正門をくぐった生徒はみんなこの中庭を突っ切って校舎まで行くのだ。

 中央にある大きな噴水を囲むように四隅に滝のように水が流れる壁が設置され、ベンチが置かれていた。

 登校時間にはまだ早く生徒はほとんどいない。かと言って教室に一番乗り、というのも

嫌で私はこうしてここで時間を潰していたのだ。

 噴水の水音と背後の小さな滝の水音に挟まれてうるさいような心地良いような気持ちになる。

 その水音の中から、浮き上がるように聞こえてきたのは、ハムレットのセリフだった。

 生きるべきか、で始まるあの有名なやつだ。シェイクスピアの四大悲劇の一つであり、私の嫌いな話だ。

 狂った振りをしたハムレットの奇行に恋人のオフィーリアは不幸な結末を迎えるのだ。

 男の身勝手さで女が苦しむ話はハムレットに限った話ではないけれど、自分の不幸は自分で抱えておけ、と思う。

 滔々とうとうと高らかに長い独り言のようなセリフを紡ぐのは、背の高いセーラー服の女子だった。

 女子高なのだから、男は教師と警備員しかいない。だから、男役のセリフを女子が言うのは当たり前だ。

(なんか、ちょっと宝塚みたい)

 これが女子高かと共学の中学校出身の私は軽いカルチャーショックを受けた。

 そして、次の瞬間、ハムレットを演じる彼女とバチッと目が合った。

 私は動揺と訳の分からない気恥ずかしさから、このいけ好かない男の役を演じる彼女に「嫌じゃないですか? この役。私、この男嫌いです」と口走った。

 その人は大きな猫目がちの目を丸くして笑った。胸元の校章バッチの縁が藍色で一学年上の生徒であることがわかった。

「いちいち嫌いなんて否定してたら、芝居なんて出来ない」

 そして、年長者ぶってこう言った。

「いいかい、好きも嫌いも良いも悪いもないんだ。そこにいる一人の人間を理解して、構築し、舞台の上に表現する。それが役者の仕事」

「人間を理解する……」

「苦しい作業だ」

 大仰に天を仰ぐと、彼女はそっと一枚の紙を私に差し出した。

「演劇部?」

 渡されたのは『入部求む!』と大きく書かれた勧誘のチラシだった。

「人間を理解するのは『演劇』が一番! 気が向いたら、いや、があるなら来てくれたまえ」

 芝居がかった仕草で歌うように勧誘の言葉を述べると、鼻歌とスキップをして去って行った。(ちなみにその時の鼻歌はシューベルトの『野ばら』だった。)

 これが、私と狂人ーー水瀬遙風みなせはるかの出会いだった。

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