5話 校内放送②

 歩きながら、水瀬先輩は私に語った。

「三年四組、木暮佳耶。美術部の部長をやっているんだが、変わった人でね。例えば、道すがら花やら猫やら、建物、空とか、気に入ったモチーフを見つけると、何処だろうがお構いなくいつまでも絵を描くんだよ」

「へえ、すごい集中力」

「腕も確かだ。一階の談話室に飾ってある中庭の絵があるだろう。あれは小暮女史の作だ」

 私の脳裏に談話室の絵が浮かんだ。この絵は大きくて、縦幅が私の背丈程もある。中庭のアーチに咲く赤い薔薇が描かれていた。

 普段は、生徒達のお喋りの場だが外部の客人が使うこともあるパブリックスペースに絵を飾られるとは大したものだ。

「だから、今回も大方どこかで絵を描いているんだろうと思っているんだが」

 水瀬先輩が言い淀んだ。

「なんです?」

「会う人、会う人、みんながハッキリ、行方不明だと言っていてね」

「行方不明だと言い切るってことは、それなりの根拠がある訳ですもんね」

 私は頷きながら、木暮先輩のいなくなった時間を尋ねた。

「三限のテスト中に席を立って、そのまま帰ってきていないそうだ」

「え? テスト大丈夫なんですか?」

 行方不明ももちろん大変なことだが、学生にとってテストの出来はこれからの人生を左右する大切なものだ。

「ああ、テスト中といっても終了十分前だったそうだから、既に終えていたと聞いている」

 よかったと、ホッと胸を撫で下ろすと、水瀬先輩が「まあ、彼女ほどの腕の持ち主なら、学業に失敗しても絵でなんとかしていけるだろうがね」と言った。

「しかし、行方不明か。どうしたもんか」

 水瀬先輩は目を閉じて首を傾げた。

「どうするつもりなんですか?」

 問いかけると水瀬先輩は、瞳を煌めかせ、

「とりあえず、藪をつついてみようかと思っているよ」と、私の腕をとり、今にもスキップになりそうな勢いで歩き出した。

 水瀬先輩に連れて行かれた先は三年四組の教室だった。

「相手は上級生だ。木暮先輩と同じ美術部に所属している。淑やかに頼むよ、葉月君」

「大丈夫です。自分、年上には敬意を払う主義なんで」

 放課後のひと気のない教室で私たちを出迎えたのは背の低いおさげ髪の生徒だった。

 一番前の廊下側の席に座っていた彼女は、私たちに気づくと慌てて立ち上がり、尋ねた。

「かやちゃんっ、見つかりましたか?」

「申し訳ないです。何処にいるのか、皆目見当もつかなくて」

「そう、ですか」

 俯向うつむいてしまった彼女に水瀬先輩は深く頭を下げた。

「せっかく私なんぞを頼って下さったのにお役に立てずーー」

「いえ、そんな!」

 顔をあげ、水瀬先輩の言葉を遮った彼女は「あら!」と素っ頓狂すっとんきょうな声をあげて私を見つめた。

「そちらの方は?」

「私の相棒で演劇部の後輩の葉月詩織君です」

 水瀬先輩に紹介されて「どうも」と、私は頭を下げた。

「どうも、瀧口奈美たきぐちなみです」

「先程、校内放送もありましたし、先生方におまかせしたほうがよろしいかと」

 水瀬先輩が再び断りの言葉を紡ぐが、「そんな!」と、瀧口先輩は食い下がった。

「かやちゃんが大変なときに何もしないなんて出来ないです!」

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