第8話 大団円

 ゆいかが、さくらの生まれ変わりのような錯覚を持っているその頃、今度はまりえがさくらに近づいてきた。

「私と似たような感覚を持っている女性」

 という意識で、さくらに近づいたのだった。

 まさか、さくらが、カプグラ症候群と、フレゴリ症候群について勉強しているとは知らなかったので、

「近づけば、さくらも心を開いてくれて、仲良くなれるだろう?」

 という考えの元だった。

 しかし、さくらにはそんなつもりはなく、意識としても、まりえにではなく、ゆいかの方に強く持っていた。

 ゆいかが、まさか、

「自分の双子の生まれ変わりではないか?」

 などと思っているなど夢にも思わない。

「もし、双子だったら、自分にも、ゆいかが考えているようなことが分かる」

 というはずだからである。

 まりえは、実は自分が、

「カプグラ症候群ではないか?」

 という意識は持っていた。

 少し怪しいと思っていたので、先生に相談したのであった。

「それは、カプグラ症候群ね」

 と言われた。

 ちなみに、ここのカウンセリングには先生が何人かいるので、同じ先生に当たるかどうかは分からない。そういう意味で、ゆいか、まりえ、さくらと、それぞれの先生は違っていたのだった。

 だから、さくらが、相談していたことを、まりえの先生が知るわけもない。ただ、

「フレゴリ症候群らしき患者がいるということくらいは、話をしていたかも知れない」

 とも考えられるが、個人情報の保護などのコンプライアンスの問題で、人の秘密を軽々しく口にしてはいけないというのが、一切の考えだといってもいいだろう。

 さくらが思っているよりも、まりえはある程度のことを知っているようだった。

 今のところ、カウンセラーからの知識として、さくらの方が深いところにいるのだが、そのうちに、まりえが追いついて、次第にとってかわることになるだろうと思っていたのだ。

 この考えは、

「カプグラ症候群」

 にも、

「フレゴリ症候群」

 にも共通していえることで、今はそれぞれ身に染みたものなだけに、どう解釈していいのか想像もつかなかった。

 ただ、カプグラ症候群にあるような、

「替え玉」

 という発想は、身代わりと置き換えてしまうと、少しニュアンスが変わってくるのではないだろうか?

 替え玉と身替わりということでは、発想が違ってくる。

「替え玉というのは、あくまでも、そのとってかわられる人が主役であり、身代わりというと、とってかわる方が主役になる」

 まりかは、自分の中で、

「さくらが考えそうなことは、こっちだって考えられる」

 と思っていた。

 まりえは、完全に、自分の方が上だと思っていて、それは、症状の面での大きさも、自分の方が、大きな問題を孕んでいると思っているのであった。

 だから、

「さくらさん程度の病だったら、私よりも軽いだろうから、私の比ではないんだわ」

 という、競争意識を持っているという、矛盾した発想を持っていたのだ。

 さくらの方は、そんな意識はなく、まりえを意識することはなかった。ただでさえ、愛想笑いをするまでになってしまったのだから、本当にひどいものなのだ。それよりも、さくらが、違う人を意識しているということを、まりえは分かっていないのだろうか?

 そんなさくらが、ゆいかと急接近していることを知った、まりえは、次第にゆいかに近づいていくのだった。

 まりえは、別にゆいかのことが好きだというわけではないが、ゆいかの方では、近づいてきたまりえを、敵視しているように見えた。

 それは、ゆいかの中にいる、さくらと一緒に生まれてくるはずだった、双子の姉妹が、ゆいかを操っているかのようだった。

 ゆいかの中にいる女性は、実際にさくらのことが好きでも嫌いでもなかった。

「そんなことを考えてしまうと、私には、さくらのことをどう見ていいか分からない」

 と思うからだった。

「前は、さくらは、私の存在について知ることはなかった。だから、私はちょくちょく、誰かに乗り移って、さくらを見守ってきたのだけど、最近、その存在に気づき始めたので、どうしていいか分からなくあった。だから、逆にあの子の近くにいて、その人の中にいるということがあの子は絶対に分からないという意識を持って、ゆいかさんの身体を選らんだの」

 と、ゆいかの中の女性は言った。

「どうしてなんですか 普通だったら、もっと、さくらさんも知らない人に乗り移るものなんじゃないんですか?」

 と、ゆいかに言われた彼女は、

「そんなことはないの。あの子は、フレゴリ症候群なんでしょう? それは、私が他の人、つまりまったく知らない人に乗り移って安心していたところに出てきた症状なのね。だから、それは私のせいだと思ったの。あの子を救うには、知らない人に乗り移っても、私だってあの子は認識してしまうのよ。だから、今度は逆に敢えて、知っている人に乗り移れば、あの子は、そのことには気づかない。しかも、あの子を憎んでいる、まりえさんという人が、そんな私が、ゆいかさんに乗り移っていることが分かってしまったんでしょうね。だから、彼女はゆいかさんに近づいた。でも、彼女はカプグラ症候群を患っているから、ゆいかさんに乗り移っている私に気づいて、それを恐怖に感じるようになる。私がまるで悪魔かなのかのように感じているんでしょうね ひょっとすると、ドッペルゲンガーのようなものに感じているのかも知れない。それを思うと、私は、まりえさんに対しても、悪い気がするんですよ。だから、まりえさんの前では表に出ていけなくなった。もちろん、さくらの前にも出ていけない。悪いと思っただけど、ゆいかさんの中に入ったままで、出られない自分がいるんですよ」

 と、夢の中で、もう一人の自分だと思っていたその正体が、実は、さくらの双子の姉妹であり、生まれてくるはずだった魂だと知る。

 そして、それが、

「もう一人の私」

 ではない、本来の自分だと思えてくると、ゆいかは、

「何言ってるんですか。私はあなたがいてくれたおかげで、この世に生を受けることができた。それを知らなかったとはいえ、私は、自分が病気なのではないかと思い、カウンセリングを受けることになったんです。でも、そこにさくらさんがいたというのは、それはあなたの思惑何ですか?」

 と聞いたので、

「ええ、実はそうだったんです。ゆいかさんは、元々生まれてくるはずだった魂がなかったので、私が入り込むことができたと思っていたんですが、実際には、あなたの中には本当の魂がいた。だから、一度あなたの中から離れたんです。でも、さくらの近くにいてあげたいという思いから、またあなたの中に入りました。今度は、あなたの裏の世界の性格として、表に出ないようにですね」

「でも、どうして戻ってきてくれたんですか さくらさんのためだけだったら、他の人でもよかったのかって思ったんですが?」

 と聞くと、

「私が戻ってきたのは、あなたが、トラウマから、PTSDになりかかったのを見たからなんですよ」

「えっ? じゃあ、あの殺人事件現場を私が見て、それがトラウマになっていたことをご存じだったんですか?」

 というと、

「ええ、でもね、あなたは憶えていないのかも知れないけど、実はあなたが、持ったトラウマはそれだけではないの。もっとショックなことがあったからなんだけど、その時表に出ていたのは私だったの。意識は私にあるわけだから、あなたは、そのことを知らない。だけど、トラウマだけが、あなたにのしかかることになったのね。私は、あなたにトラウマが増えたことを知らないまま、あなたの身体から離れたの。そうすると、あなたは余計に情緒不安定になって、まわりを避け、嫌われるようになった。これは全部私の責任なの。本当にごめんなさい」

 というではないか。

 ここまで聞くと、さくらもさすがに涙を流さないわけにはいかなかった。

「いいんですよ。私こそ謝らないといけないのかも知れない。あなたがずっと守ってくれていたのを知らずに、自分で勝手に引きこもりのようになってしまって、だから私はあなたがいなくなったのを感じた時、あなたに愛想を尽かされたのかと思ったんです。だから、まわりに愛想笑いをするようになったんです。そうすれば、あなたが戻ってきてくれるのではないかと思ってね」

 さくらは、ゆいかや皆が思っているほど、人に媚びるような女性ではなかった。自分の意見や考えをしっかりと持っている人だったのだ。

 それを知った彼女も、ゆいかに対してどれほどの感謝をしても、しきれないと思うのだった。

「私は、ゆいかさんを選んで、本当に正解だったんだわ」

 という。

「私を選んだ?」

「ええ、そうですよ。あの時一番近かったのは、ゆいかさんだったんだけど、私が乗り移ることのできる候補は他にもいたの。でも、私は敢えて、ゆいかさんを選んだ。どうしてそうしたのかということまでは忘れてしまったんだけど、その思いが、強かったのは確かなの。だから、正解だったと言い切ることができるのよ」

 というのだった。

「実は私は、今までにたくさん、自殺した人を見てきた。その中で、魂がうまくあの世に行けるように、案内のようなことをしていたのよ。それがあなたの身体を離れてからの私の仕事」

「それはあなたがしなければいけないの?」

「そういうわけではないんだけど、私のように、死んでから、あの世に行かずにこの世で彷徨っている人間は、誰かの身体に乗り移らない限り、彷徨っている魂を導く仕事をするのね」

「子供なのに?」

「いいえ、人間の身体を離れた魂に、大人も子供もないのよ。だから、人間のような成長は生きているこの世の人だけなの、だって、そういうことにしないと、いずれ年を取って死んでしまうことになるでしょう? それでは理屈が合わないので、この世でいうところの年齢という概念はないということになるの」

 と、彼女は言った。

「そうだったんだ。じゃあ、あなたが私の身体を離れたのは、私が殺された人を見たからなのかしら?」

 というので、

「そうね。それが大きかったかも知れない。その頃私なりに、あなたの身体にいることに疑問を感じていたからね。さくらを心配ではあったけど、どうすればいいのか、一度あなたの身体から離れて、見つめていく必要性を感じたというのが、その一番の理由だったといってもいいでしょうね」

 と、彼女は言った。

 彼女は、死んだとき、当然生まれ落ちることがなかったのだから、名前もついていなかったはずだ。それを思うとゆいかは、彼女がとても気の毒で仕方がない。それでも、自分が生きている証は、少なくとも、彼女の存在が大きいのは間違いのないことなのだ。

「私こそ、あなたに申し訳ないと思っているわ。それにあなたの気持ちを分かるのも、私しかいないという自負もあるくらい。だから、ずっと私の中にいてくれないかしら?」

 と、ゆいかは言った。

「でもね。まりえさんのことも許してあげてほしいの」

「どういうことなんですか」

「実は、まりえさんが、今悩んでいる事情として、カプグラ現象があるって言ったでしょう? それは、私が原因だったの。私が、さくらのためにって、彼女に近づいてくる人に警戒心を持ちすぎたために、彼女に対して、幽霊のストーカー行為のようなことをしてしまったことになってしまったのね。だから、彼女は、カプグラ現象から、まわりの人が替え玉になってしまったと思い込んだ。だから、皆に対して、反抗的になったわけだけど、でも、それも彼女の性格なのよ。彼女が悪いわけではないのね」

「どうして、そんなにいろいろ分かるんですか? それもこの世をさまよっているからですか?」

「そんなことはないのよ。本当は最初に気づいたのは、さくらだったの。彼女は小説を書いているんだけど、彼女の書いている小説を見ていると、その内容が、ピッタリ嵌ったのよ。そこで、私もやっと、合点がいったというわけ。そしてね、さくらが書いている内容としては、まりえさんにも、同じような誰かが乗り移っているということなの、どっちかというと、ゆいかさんに対しての感情は、その自分の中にいる人が、感じたことなのかも知れない。

 それがね、どうやら、さくらが見た殺人現場の殺された人だったらしいの。だから、さくらの存在を、まりえさんは必要以上に気にするの。自分の最期を見てくれた人だという意識があるし、自分のためにって思っているのかも知れない。だから、私の気持ちとはまったく違っているんだけど、さくらのためにって考えているのは間違いないみたい。彼女は、私に敵対心を抱いているので、今は難しいんだけど、でも、そのうちに彼女の供養をしてあげたいとも思うの。でも、なるべく早くしてあげないと、今のままだったら、この3人はずっと苦しむことになる。一人の人の成仏が、3人の女性のトラウマを一気に消してくれるのよ。私はだから、ゆいかさんには悪いと思ったけど、ゆいかさんの身体から離れることはできないの」

 ここまでいうと、かなり疲れたのか、ゆいかの中の彼女は、少し黙り込んでしまった。

「このことって、本当に私だけが知っていることなんだろうか?」

 と、ボソッというと、

「そんなことはないわ。さくらも、まりえさんも、少しは分かっている。でも、だからこそ苦しいのよ。知るなら知るで、すべてを知らないと、生半可な状態というのが一番苦しいの。それを思うと、本当は早く何とかしてあげないといけないのよね」

 と、彼女は言った。

「分かったわ。私も一生懸命に協力する。だから、一緒に考えましょう」

 というと、彼女はかなり疲れ果てたのか、睡眠状態に落ちていった。


 もうあれから、十年近くの歳月が流れた。3人は彼女の言う通り、なるほど、殺された人が成仏できたことで、一気に救われた。

 ゆいかの中にいた、

「もうひとりの自分」

 が、どうなったかって?

 彼女は、まだゆいかの中にいる。そして、彷徨っている魂を、正しい道に進めるという仕事をしている。ゆいかの中にいて、表に出ることも自在になった。これも、魂の世界で経験を積んだということでランクが上がったと考えてよさそうだった。

 ただ、彼女たち3人に訪れたことは、ただの偶然ではないのだが、ここまでうまく行ったのは偶然に近いかも知れない。

「世の中そんなに簡単にできているわけではない」

 と言って、彼女は今日も彷徨える霊を助けにいくのだった……。


                 (  完  )

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症候群の女たち 森本 晃次 @kakku

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