9話



「き、きき、消えっ、消えろぉっ! お前は存在してはいけないのだぁっ』

 魔王は発狂した。

 そして、号令と共に一斉に動き出した無数の槍に紛れ、魔王は空間へと溶け込んでいく。

 混沌とした思考の中でも、空間を移動する事は忘れていなかったらしい。


 アルルは見ている。

 大量の槍の群れが、音速に近しいスピードで、自身を今にも貫こうと向かってくる様子を、とても穏やかな表情で見ているのだ。

 怒るでもなく。驚くでもなく。特別に悲しむ訳でもなく。ただただ、普段通りの表情に近い。


 それが、

 夜風に揺れる金色の前髪が、いっそ清涼感さえ漂わせ。泥だらけの衣服、その見窄らしいはずの立ち姿さえ、一枚の絵になりそうな雰囲気なにかを醸し出していた。


 題名をつけるならば、革命前夜。あるいは、救世主の誕生。もしくは、苦難の果ての希望。そんな所だろうか。

 本人的にはそんな事など、別に望んではいないだろうが……


 断空剣・ニルヴァーナ。


 アルルはスゥーっと、黄金の剣を横に薙いだ。

 右から左へとくうを仰いだその黄金の斬撃は、瞬く間に無数の光る槍を破壊した。

 そして再度、アルルにしか聞こえない破砕音が響き。食いしばりの上限回数が十回に減る。

 

 空間を渡っていた魔王はその瞬間を狙い、アルルの背後へと姿を現す。

『なんなのだぁぁぁぁああ“っ! それはぁあ“あ“っ」

 悲鳴まじりの一撃必殺。とは、ならなかった。


 微弱な空気の流れを察知して、アルルは前方へ素早く跳ぶ。

 残った片腕での魔王の一撃は空を切り。咆哮。

「なんだそれ、なんだそれ、なんだそれぇっ! ズルいだろっそれぇぇぇっ」

 生きてちゃダメと連呼して、魔王はもはやどこを見ているのか定かではない様子。


 マイナスレベルに落ち込んだ事で得た、驚嘆に値するパワー上昇率インフレであったが。しかしそれでも、小さな英雄には届かない。

 嘆き、吠えたとしても、仕方がないだろう。


 背後からの攻撃を難なく避けて、再び民家の屋根に着地するアルル。その様は、舞い降りた天使の様に、ふわりと着地する。

 腕の中のアイーニャへ、衝撃がいかない様に配慮しているのだ。


「うるせぇ、バカ野郎……」

 アルルはボソッと呟いた。

 魔王の連呼した、生きてちゃダメだという文言はしっかりと耳に届いている様で。心なしか、青筋が浮いている。


 存外と、小さな英雄には言葉の方がダメージになるのかもしれない。

 全てを台無しにしかねない自身の特殊性を、アルルはもう、認識しているのだ。

 人を苦しめる魔族に言われるのは、やはりそれなりにイラッと来るのだろう。呟く程度ではあるが、珍しく悪態をつく。


 そんな最中、魔王が声にならない声をあげる。すると背後の空間に、さっきの比ではない量の光る槍が現れた。

 その数たるや、一万五千六百二十五本。膨大に増えた質量で、あたりの空気が一面震える。


 が、アルルは特に何も思わない。小さな英雄にとっては、三千本も一万本も対して差はないのだから。

 そして、黄金の剣にとっても同様で。全ての事象は、苦しんでいるかどうか。それ以外にないので、数など物ともしないのである。


「終わろう……」

 アルルはこの戦いを終わらせる為に、黄金の剣を振るう。

 が、アルルは忘れていた。自身が異様に……



 ▪️パーエ・リア西側上空▪️



 高らかに笑う、死した月光のノイジー。

「なんだぁ!?」

 カツサムは訝しむ様な声を上げて、ふとノイの顔を見上げる。

 大口を開けて笑っていた。

 比喩ではなく、耳まで口が裂けて笑っているのだ。


『『カツー!』』

「ああ、ルビー! 分かってる」

 剣と鎧ルビーに促され、それに応答するカツサム。握る柄に力を入れて、吸収ドレインの遂行を急がせる。

 それに呼応する様に、上顎と下顎に分かれた剣はもっと鋭く噛みつき。ノイの巨大な身体の吸収を早めた。


 が、その時。

 ノイの巨大な顔面の額が割れる。

 額を中心として、縦に一直線に割れるのだ。真横に大きく裂けた口と、額から縦に割れたそれは。偶然にも逆さ十字に見えた。


 そして、その裂け目の中心から、黒い何かが飛び出し。カツサム目掛けて、上からのし掛かるのだ。

 死した月光のノイジーである。


「あは〜、ルビーさん。いいっすね、泥人どろびとになんて頼らなくても、真祖の力を使えば話は早い。はは……」


 ノイは黒い翼を生やし、軽やかにカツサムの持つ剣の上へと舞い降りた。

 背中がわの半分は、無理に引きちぎって脱出した様な形跡が見受けられるが。カツサム視点では微妙に確認し難い。

 そして、ノイという司令塔を失った巨大な身体の方は、力の喪失と合わせて徐々に朽ちていく。


『『カツ、まずいっ! ぶった斬れ、このクソ女ー』』

「おおうっ!」

 剣に乗っているノイを弾く様に、カツサムは柄を上下にゆする。先程まで、ノイの身体であり。尚且つ、食い込ませていた顎の剣を引き抜こうとしているのだ。

 しかし、ノイの行動の方が早い。


「こうなると吸血勝負っすかね、ルビーさぁぁん!」

 漆黒のドレスの小柄な女は、吸血鬼特有の犬歯を剥き出しにして。カツサムへと襲いかかる。


「うおぉ!? このっ」

 身体を捻り、寸前で首への吸血を免れるカツサム。その代わりに、鎧へとその真祖の吸血鬼の口撃は食い込んでいく。

 いや、むしろノイの狙いはルビーだろう。

 ノイにとっても、存在を吸血したいのはルビーの方だ。たかが人間など、ルビーさえ居なければどうとでもなるのだから。


『カツー、早くワタシをこいつにっ』

「おお、このっ。ノイ! この野郎っ」

 カツサムは、鎧に噛み付いたノイへと顎の剣を振るう。それは半ば、自刃する様な格好であったが仕方がない。

 器用に剣の縮尺を縮め、こそぎ落とす様にノイへと当てていく。


 が、カツサムの腕力と超接近戦の今の状況では、うまく力が剣に乗らない為。振り落とすまでは及ばず、かといってノイを切断するに至らない。

『いい、これで。このまま、こいつを吸い尽くすっ』

「くぅぅ、この。ノイィィィ!」


 ここに、真祖の吸血鬼と真祖の吸血姫ゾンビによる、吸血合戦が始まった。


 先に存在を吸血しきった方が、勝者となる訳だが。事はそれほど簡単ではない。

 吸血された自分の存在を取り戻し吸血しつつ、相手の存在を吸血しなくてはいけない為である。

 えてして、吸血鬼同士の吸血行為は、どっちが早く吸血するかのイタチごっこに陥ってしまうのだった。


 そして、分が悪いのはルビーの方だ。

 ゾンビとしての性質が勝ってしまう為に、スキルの重複を利用してようやく吸血能力を得たのに対して。ノイはオリジナルの吸血鬼である。


 考えこそ及ばなかったが、ルビーの奥の手を見て吸血の可能性に気付けば。当然、オリジナルであるノイにも同様の事が可能であるし。

 むしろ、難しい手順を踏まずに再現できる分、経験値的にも圧倒的にノイの方が有利だろう。

 どちらが存在を吸い尽くすのが先か。

 我慢比べの吸血合戦が、今、繰り広げられる。


 この勝敗の鍵は、やはりカツサムだろう。

 実質的には二対一の構図なのだ。それをどう捉えるか。

 果たして……


 両者は、ほぼ組んず解れずの状態で。段々と白んでいくパーエの上空を、くるくると彷徨いながら格闘していく。



 ▪️大統領府近辺の民家の屋根上▪️



 運の悪いアルルに襲いかかる不幸は、天井を知らない。 


 一万を超える槍の出現で振動させられた空気は、ボロボロになった大統領府の建物にトドメを刺し。完全に倒壊させた。

 その過程で、色々と弾かれ飛び散る破片の一つが、運悪くアルルの頭上へと落ちてきたのだ。

 その大きさは、大人三人分ぐらいの大きさはある木材で、どこかの階層の支柱として機能していた物だろう。


 アルル的にはそんなものが幾らぶつかろうが、問題はないのだが。抱えているアイーニャには、瑣末な事では済まされない。

 その為、黄金の剣を振るっている最中であったアルルは。仕方なしに体捌きで、その木材を躱わす他なく。

 黄金の斬撃が描く軌道が、若干ズレてしまう。


 数の多さから、大体の光る槍にその黄金の斬撃は大差なく届き、破壊した。

 しかし、本来であれば魔王すらも斬撃の範囲に入っていたのものが、外れてしまった事になる。

 そして、破砕音と共に食いしばりの上限回数は九回に。


「ちっ……」

 アルルはアイーニャの無事を確認するも、舌打ち一つ。けたたましい音を立てて、民家の屋根に突き刺さる眼前の木材を一瞥し。苛立ちと共に、それを蹴っ飛ばす。


 小さな英雄の蹴りは凄まじく。木材は半分に折れて、片方は民家の屋根を抉って壁という壁を突き抜けていき。

 もう片方は、遠く彼方へと吹っ飛ばされてしまう。


 そんな不運な出来事で生まれてしまった隙に、破壊しきれなかった光の槍がアルルを目掛けて飛んでくる。

 しかし、数が少なければ回避するのは簡単で。民家の屋根から屋根を渡って、避けていくアルル。


 そこに魔王の追撃が迫る。

「死ね死ね死ね死ねぇぇっ! このバケモノめぇっ、この、このぉっ」

 あまりの理不尽さに、叫ばずにはいられないのだ。魔王は。

 裏返った言葉はもはや聞き取り不可能だったが、何かしら力ある文言の様である。

 

 その証拠に。

 魔王の頭上には輝く巨大な槍が一本、突如として出現し。切先をアルルに据えて、その威容を雄弁に語っている。

 大きさで言えば、数百人は収容できる軍艦が三隻分くらいはあるだろうか。まさしく弩級だろう。

 攻撃能力は定かではないが。仮にこの大きさで、音速に近しい速度を出せるなら、それだけでここら辺の地域一帯は、激しく歪んで破壊し尽くされる事は想像にかたくない。 


「死ね死ね、消えろ、消えっ、消えろぉっ! お前はいたらダメだダメだダメーー!」

 うるせぇ、バカ野郎……。再びアルルは、心中で毒づいた。

 直接死ねとかは、やはり小さな英雄といえど、中々傷つくのだ。


「いろんな人を苦しめた、お前には。そんな事言う資格なんてないだろ」

 アルルは黄金の剣を、天に掲げる。

 短く息を吸って……止めた。

 …


カツサム「ルビー、どうだ!? このままでいいのかっ」

『『カツー、そのままそのままー! 持ち手を離さないデー』』

「おうよっ!」


 空中を回転しながら、吸血合戦を繰り広げるカツサムにルビーにノイ。


「はっ、口が足りないっすね」

 ノイは、身体を変形させて、吸血する口を増やす(植物みたいに、口だけが付いた紐が伸びてきている)。ルビーを数ヶ所同時に攻めるのだ。


「うお、くぅぅ。ノイ、気持ち悪ぃぞお前っ」

「ええ〜、先輩うるさいっすね。口なんて何個あってもいいでしょ」

『カツー、心を強めてくレー。こいつ吸うのに、カツの精神力みたいの結構必要ー』

「おうルビー。いいかノイ! 吸ってやるからなぁこの野郎!」


 二体一の構図は、運よくバランスが保たれて。吸ったり吸われたりで、ちょうど釣り合いが取れてしまっている。

 またしても、お互いに決め手が欠ける状態なのだが。カツサムは長時間の均衡状態を維持できる体力はないだろう。

 長引けば不利なのは、ルビー達側なのだった。


「くぬぅ……ノイ」

『カツー、なんかクソ女の注意とかそらせられないカナー?』

 やってみると呟くカツサム。


「おらおら、どうした寂しがり屋のノイさんよぉ!? ああん。散々やってきて、ここがお前の終着点かよ、ははっ」

「ふふ、先輩。もう先輩の言葉は私には届かないっすよ。別にもう、どうでもいいんで。それより先輩、ミカさんの仇を討つんじゃないっすか〜? 顔面に〜? あっはっは〜」

 いつもの調子で、ノイは人を小馬鹿にした声色で嘯く。

 ノイの方でも、実は揺さぶりをかけているのだ。 


「てめっ……く。ノイィィ」

 目に見えて激昂したのはカツサムの方だった。力は入るし、打倒の意思にも直結するが。それでも互角イーブン

 決定的な何かが不足している。


「かわいそうなミカさん。先輩じゃ結局何も果たせないっすね〜。あ〜あ、かわいそ」

「くっ、お前がっ! お前がミカの名前を呼ぶんじゃねぇ!」

 力むカツサム。乱される心。


『『カツ! 落ち着いテー、カツー』』

 ルビーの声も虚しく、カツサムの目は血走っていく。

 ……

 …


 アルル「あ、れは……」


 この国中に渦巻く苦しみが、一つに集約されていくのをアルルは見る。巨大で長大な輝く槍に、それらが吸い込まれていくのを視認できているという事だ。

 ギャンギャンと喚く魔王は視界の隅に追いやり、一点に集約されていく悲しみをそこに見出し胸が締め付けられる。


 風の妖精が肩に触れた。

 水の精霊も一緒のようだ。

「はい、分かっています」


 全ての苦しみと悲しみをここで断ちます。そう呟いた時に、腕の中のアイーニャがアルルの頬を撫でる。

 眠りの中の無意識の行動だっただろうが、偶然にもアルルの頬を流れる涙を拭う結果になった。


 小さな英雄は、自分が泣いているのをここで知る。何故泣いているのかは、本人にも分かっていない。

 ……

 …


 カツサム「お前は、お前はぁぁぁっ!」


「はは〜、怒ったすかセ・ン・パ・イ〜」

 ノイは煽る。煽りつつ、紐状に伸ばした口でルビーを蝕んでいく。

 吸血合戦の主導権イニシアチブが、死した月光へと傾き始めている。


「なんでミカを殺したっ! なんでだっ」

 カツサムの溢れた感情は止めどなく。決壊した河川の様に、怒涛の勢いで心を揺さぶってしまう。

『『カツー、カツー! 落ち着いて、お願い。このままじゃ……』』

 スキルのコントロールが、カツサムの感情に流されて緩まっていく。


『『カツーーーー!』』

 

 カツ君……


 何処からか、カツサムが一番聞きたかった声がした。

 気がしただけかもしれない。

 だが、揺さぶられたカツサムの心に、少し。冷静さが戻ってくる。

 ……

 …


 アルルは黄金の剣を振り下ろす。


「死ね死ね、消えろ消えろ、ありえないありえないぃぃぃぃ!」

 魔王は絶えず罵倒の言葉を叫び。輝く巨大な槍へ残った方の腕で、小さな理不尽を滅殺しろと命令を下す。

 動き出す槍。

 …

 

 カツサム「ミ、カ……?」

 聞こえたのは確かにミカの声だと、カツサムは確信する。瞬間で脳裏によぎったのは、会いたい。それだけだった。


「あっはっは〜、幻覚でも見えたっすか先輩〜? いよいよ末期っすか〜?」

 と、ここで突然ノイの頭を何かがぶつかる。

「あでっ!?」

 何処からか飛来した、家屋などに使われる支柱の様な形状の木材が、ノイの頭をピンポイントで捉えたのだ。


「なっ、なんっす……!?」

 ここでノイの集中が途切れ。吸血が一瞬、中断してしまう。


 その木材とは、偶然にもアルルが蹴っ飛ばした木片なのであった。それが長い距離を飛んでいって、ノイの頭に直撃したのだ。

 アルルの、半径三キロメートル以内に居れば、この木片はカツサムに当たっただろう。

 しかし、現在はアルルの因果改変:不利益の範囲外なのだ。運の強いカツサムにかかれば、冗談みたいな確率で。逆にノイの頭に直撃する事もあり得るのかもしれない……

 …


 魔王「死ね死ねぇ、死ねよぉ! 死死死死死死ぃィィィい“い“い“っ!」


 アルルは振り下ろす。

 断空剣・ニルヴァーナ。黄金の剣。

 全ての苦しみを涅槃へと送り、全てを解放する英雄の究極の一撃が、今。


「消え消え、きえきえきえきえきえぇぇええ“え“え“っ!」

「……」

「無い無い無い無い無い、なななななっなな“な“な“な“ぁぁ!」

「……」

「ズルズル、ずるぅ、ずずずうずずズズズズズズっーーー」


 刹那の間隙。

 アルルは冷たく言い放つ。


「うるせぇ、バカ野郎」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、うっ/

            /ッーーーーーーーーー」



 バキン。



 ……

 無音。


 輝く槍も、狂気に染まった魔王も、死者の苦しみも、生者の苦しみも、風も、水も、空も、海も、文明も、汚れた魂すら全てをひっくるめ。

 黄金の斬撃は、斬った。

 全てを分け隔てなく、平等に。涅槃へと。

 …


ルビー『『カツー! 今、今ー! いけるヨーーーー!』』


「う、おぉぉぉおおぉぉおおおーー!」

 カツサムは叫ぶ。

「しまっ、ちょっ……先輩! たんま、たんま、たんま」

 ノイは木片の直撃による、一瞬の怯みで。完全にイニシアチブを逆転されてしまった。

 それによりできた吸血の空白は、今更巻き返す事は叶わない様だ。


「おおぉぉ、おりゃぁぁーーーっ!」

 ありったけをカツサムは、剣に込める。

「ちょっ、嘘だ。そんな、こんな事で……いや、いやっす先輩。そんなぁ」

「おおおぉぉっ」

『『行け行け、カツーーー!』』


「せん、ぱい。嘘、嘘っす……ね。ごめん、謝るっすから、ね。先輩」

「うるせぇ、バカ野郎っ! お前はなぁ、お前は。お“ぉ、お前は俺の女を殺したんだよっ! それを、許せる訳ねぇだろぉぉが、よぉぉぉっ!」

「そんなっ、嘘だ、こんなとこで。私、は……ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ」


 死した月光は、ルビーが変化した奇抜な剣によって、存在を吸収された。

 その無様な断末魔が消えた時、カツサムはホッとする。

 張り詰めていた気持ちを、ずっと持ったままここまで来たのだ。

 その反動から、カツサムはすぐに目を閉じて、気を失った様に体を宙に預ける。


「お疲れ様、カツー」

 ルビーは鎧を解除して、落ちていくだけのカツサムの左腕を掴む。

「アハー、お疲レー」

 剣のルビーも同様に、剣を解除しカツサムの右腕を持った。


 二人の赤髪の天使(悪魔かもしれないが)に両腕を持たれて、カツサムはゆっくりと、地上へと誘われていく。

「ルビー、ありがとう。俺、俺っ……ミカの、仇」

「アハー、うんうん。カツー、今は休みナー」

「ソウソウ。そうだよカツー」


「ああ、ありが……と」

 ここでカツサムは満足そうな表情と共に、本当に眠りに落ちる。


「「アハー、カツはほんとカッコいいねー。ミカー、見てルー? ミカの旦那さんはカッコよヨー。アハハー」」


 ……ありがと、ルビー。


 ルビーはあたりをキョロキョロと見回すが。風音を聞き間違えたかなと、カツサムをゆっくり地上に降ろすのを優先する。

 白む空に、白い鳥が一羽。遠くの方へ羽ばたいて、消えていった。

 ……

 …


 アルルは裸のアイーニャに、自身の泥だらけでボロボロの衣服を脱いで掛けた。

 そして、比較的安静だと思われる、近場の屋根上に寝そべらせた。


「終わった、よね……」

 自分自身もその場に座り込む。今更ながら、激しく全身が痛み出した。

 しばらくは、歩く事もままならないだろうとアルルは感じる。

 が、すぐにどうでもいいかと思い直し、息を吐く。


 ふと見上げた空は、すっかりと夜が明けている。

「いつの間に……」

 白い鳥が一羽、はるか上空を飛んでいるのが見えた。


 一羽だけで飛んでいる事に、アルルは寂しさを感じ。胸が締め付けられてしまう。

 長い夜はもう終わり。そして、夏も終わる。


 取り敢えずアルルは、その場に寝そべった。

 腕で目を覆い隠す様にして、小さな英雄は静かに泣く。


 何が悲しいかも、今はよく分からなかったが。自然と零れてしまう涙を、止める気分にはなれなかった。

 それだけだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る