第一部 2章 「生ける屍」002
森の朝は
優しく覚醒を誘われ寝袋から這い出たアルルは、思いっきり深呼吸をして、両手を真上に伸びをする。
「おはようリヴィン」
寝ずに、焚火の番をしてくれていたリヴィンに挨拶をして。アルルは寝袋に付いている土や葉っぱを叩き落とし、焚火の近くの小枝に引っ掛けた。朝露で濡れた寝袋を乾かすためだ。
「アルルさん、おはよーデース」
「ゾンビって、やっぱり眠れないの?」
「そんな事もないでスヨー。眠らなくても全然平気なだけデスヨー。ただ、前にちょっと眠っていたら人間に退治されそうになったので、それから寝ないで過ごしてマス。アハハ」
「……そう、だよな。道端にゾンビ寝てたら退治したくなるもんな。その……この世界に来てから人を殺したことはある?」
「オーウ。さすがにありまセーン。ただ、ワタシこの世界を知りたかったので軽く追剥ぎじみた事はやってまシタ―。ノロノロからのビックリで、バッグなどを掠め取ってマシター。イヤハハッ」
「犯罪じゃん」
「イエイエ、一通り調べたら街の近くに投げ捨てたので、一応返してる事になりまセンカ―?」
「いや、犯罪だよ。返すなら本人にちゃんと返さないと」
「まじめか……。しかしまぁ、それが原因でワタシ大々的に指名手配されちゃいマシテ。アハハッ。仕方なくこの森に、ほとぼりが冷めるまで隠れていようと思っていたのデース」
「ふーん、なるほど。ここから街まではどの位なの?」
「そうでスネー、最短であれば一週間位でしょうか。しかし、ワタシ迷ってもう、来た道はワカリマセーン。ワラー」
肩をすぼめて両手を上げると、分かりませんの仕草で応えるリヴィン。そこでアルルも、はたと気付く。
ーーあ、そういえばオレも自分の来た道がもう分からないな。……これって遭難?
「まぁ、まっすぐ何処かに向かえば、何処かには着くよね。きっと。とりあえず今は、朝食をどうにかしようかな。……ゾンビって、腹も空かないの?」
「飢餓感はありますが、今の所食べなくても平気そうデース。」
「飢餓感?」
「ウーン。……なんていうのでしょうか。常に何かを噛みたいし、ずっとただただ喉が渇いている状態。とでも言えばいいんでショウカ。人などを見ると特に噛みたくなりマース」
「え……ゾンビじゃん」
「ゾンビデスヨー。アルルさん面白い事言いまスネー。アハハ。ただ前に喉の渇きっぽいなら。あ、水を飲めばいいじゃん! と、思いまして。川の中に寝そべって、流れる水をいっぱい飲もうとしたんデスヨー。でも、特に渇きは癒えないし、胃袋が大量の水で破裂してお腹に穴が開いてしまってイヤハヤ。飲んだものが横腹から出るようになっちゃいまシター。アハハ」
ーーこいつ。ずっとオレを噛みたいと思ってて、焚火の番してたのか……。我慢ができる良い奴、なのか……?
アルルは念の為、ハロック直伝の警鐘系の魔法。気配察知で、何か可笑しな行動をすれば、飛び起きれる様にはしていた。
「それから、どうやら食べなくても死ぬ事はなさそうなのが分かって、飢餓感は我慢してマース」
「我慢できるものなの? 一応、ゾンビでしょ?」
「ウーン。これは多分なんですが、転生したことによってワタシは脳みそが二つある状態。か、もしくは魂が二つ。ウーン、……説明が難しいデス。アルルさんは転生前の記憶は、その肉体の脳みそに記憶されているものだと思いマスカ?」
「え? ……いや、分からないけどそうなんじゃないの?」
「じゃあワタシのゾンビとしての脳みそは、どう思います? 機能してると思いますか?」
「え……」
ーーたしかに。胃袋が裂けて横腹に穴が開いて。きっと内臓は機能していない。じゃあ脳も機能してないと見ても妥当なのか……?
「アルルさんは、赤ちゃんからの転生。転生前の記憶が、いきなり赤ちゃんにデータみたいに送信、上書きなどされている可能性は否定できませんが。ゾンビの場合はどうでショウ。上書きされても脳が機能してない場合、結局モノを考えるのは無理じゃありマセン? なのでイメージ的な話ですが、多分転生前の記憶や知性は別枠で、この肉体に存在している。まるでパソコンに外付けハードディスクを繋いでいるかのように」
ニタリ。とリヴィンが笑う。やはり表情筋が無いので、分かり難いが……
ーーなるほど。正直、自分ではそんな事を考えもしなかった。とにかく
ドヤ顔(多分)のリヴィン。
そのドヤ顔(多分)はやめろと、アルルは思ったが思っただけにした。
「これから、リヴィンはどうするの?」
あたりの雑草やキノコが割と食べられそうなので、それを焼いて朝食にした後。キコの葉で歯を磨こうとするアルルは、水を持ってないことに気付く。
一瞬あたふたしたが、しょうがないかと
そして、リヴィンに向き直り、自分の問いの答えを待つ。
「面白そうなので、アルルさんに付いて行こうと思いまスヨー」
ーーゾンビと二人旅はどうかと思うが、見た目だけで中身は人間だもんな。知識が増えるのもありがたい。
「じゃあ、そのー。リヴィンが言っていた街を目指そうと思う。いいかな?」
「指名手配のゾンビで良けレバー」
ーー最悪、何処か外で待ってて貰えばいいか。
「じゃ。目指すは一旦そのー。……なんだっけ?」
「第四街区スーリヤ・ナンって街デース」
「そこを目指して行こう」
びしっと、何故かリヴィンは敬礼をした。
兎にも角にも歩き出した、十二歳の少年と生ける屍のゾンビは森を進んでいく。進んで迷っている。この大森林を。
エルフの国が、この森を支配しているとは、とんと知らずに。
「そーだ、アルルさん。ウィンドウについてですが。スキルスロットはどうなってますか?」
「スキルスロット?」
「ウィンドウの種族や
握った拳から小指をぴんと立てて、内側にくるっと捻ってウィンドウを開けて確認してみるアルル。
ーーそういえば昨日は、ぱっと開けて良く見てなかったな。
「……なんだろうこれ。逆境レベル5、逆転レベル5、死中に活レベル5、食いしばりレベル5」
「レベル5!? えっ? ……その欄の右下に数字がないですか?」
「20にスラッシュがついて100って書いてあるよ」
「ひゃ!? ……な、なるほど。すさまじいな……。まじか。あんたが主人公だったのかよ畜生」
「……え? 何を言ってるの?」
「あ……いえ。コホン。えーとデスネ。ワタシのスキルスロットには念動力レベル3、肉体強化レベル3、攻撃時毒付与レベル3が今の所付けてマシテ、9のスラッシュで30となってマース」
「あ、ちょっと何を言ってるのか分からない」
「これはデスネー。フッフッフ」
「スキルはこの世界における、お助け技みたいな風に考えて下さい。才能と言い換えていいかもしれまセーン。ただし、残念ながら効力までは説明してはくれません。この文字を見て想像しなくはならないでしょう。そしてゲームみたいに隅々まで肉体強度の説明もありまセーン。自分のレベルもわかりまセーン。だがしかし、アルルさんのお陰で何となく判別できそうな気がしますネー」
「そ、そうなんだ」
「スキルレベル1に付きスロットを1消費するのでしょう。それの上限がスラッシュ後の数字。つまりアルルさんは100のスキルスロットの上限を使えマース。ちなみにこのスキルスロットは、取り外し可能みたいです。ウィンドウ内で操作できますよ」
「なんか、本当にゲームみたいな感じだね。何というか、レベルって……」
「ワタシが上限30で、アルルさんは100。スキルレベルが5まではあるという事も判明しましたが、おそらくアルルさんのレベルは100と見て良さげですネー。オメデトウゴザイマスー」
乾いたおめでとうが、リヴィンの口から漏れている。
「あ、そうなんだ……へぇ」
特に驚きもせず、アルルは相槌を打つ。
「魔物を倒したりで、この上限が増えていくのを確認しているので、間違いはないデショウ」
「魔物……倒してんだ。」
「そうデスネー。一応獣と魔物の区別がこの世界ではあるようなので、それに則って言うと。この世界の人が食用にできるのが獣で、魔力を取り込んで狂暴化したり強化したりした、食用には向かないものが魔物と呼ばれているそうデース。知ってましタカ―?」
「それは、育ててくれたおじいさんに教えてもらったよ。だから魔物を討伐できる人達の組織が、それぞれ各都市にあるんだって。食用の獣が減らされないようにとか、その他色々な依頼もこなしているって」
「オーウ。なるほど。冒険者組合みたいなものでショウネー。ワタシは多分そこの人たちに指名手配を受けたのデスネ」
冒険者組合? と、アルルは思ったが、まあいいかと流す。
「そういえば、ゾンビがどうやって情報収集するの?」
「追剥ぎついでに、脅迫して教えて貰いまシタ―」
「犯罪者じゃん。本当に人を殺してないの?」
「殺してませんヨー。これでも転生前も今も、一応人間でいるつもりデスシー。傷つけてもいませんヨー。ちょっと驚かして喋っただけですヨー。でも、そのせいでハイ・ゾンビなんて呼ばれだして、その地を追われてここに至るんですカラー」
「うーん、わかった」
ーー転生仲間というのに絆ほだされても、まだ信用はするべきではないか……?
「それにしてもハイ・ゾンビってなんなの?」
「多分、ハイテンションなゾンビの事ではないでショウカ……」
「確かに、ハイテンションなゾンビは怖いかもしれない。普通だったら」
そんな話をしながら二人は進んで行く。
と、急にどこからともなく声がする。
「貴様は何者だ?」
凛とした声が木々の間を通って、まるで風の様に木の葉が微かに揺れた。
アルルとリヴィンは、足を止めて辺りを見回す。
「貴様は何者だ? 屍を引き連れた少年よ」
また風の様に、辺りに流れる声。
「誰ですか?」
「誰でもいい。貴様は何者だ?」
「何者でもありません。アルルと言います」
「この森から立ち去れ」
風の様な声は、なんとも不躾にアルルにそう言い放つ。
「第4街区スーリヤ・ナンに行きたいのですが、どうやら迷ってしまったみたいです。どっちに行ったらいいですか?」
アルルは、この流れる声に拒絶の色を感じて、関わらない方が良さそうだと判断。簡潔に、目的と状況。敵意が無い事を自分なりに示す。
少しの間の無言。木の葉が擦れる様なささやかな静寂がアルル達を包んでいる。
「そこの屍を、お前が使役しているのか?」
「し、使役? ……え、なるほど。わかった、そういう事ね。いえ、違います。ですが、危害は加えません」
リヴィンに耳打ちをされたアルルは、そう言った。また再びの静寂。
「お前らが、危害を加える者ではないと何に誓えるか?」
そしてリヴィンが再び、アルルに耳打ちをする。
「僕の育ての親。ハロック=エルセフォイに誓って」
「ハロック・エルセ……。そうか、わかった」
少しの時を持って、木々の間から人影が出てきた。
それは細身の長身。長く伸ばした金の髪が、さらさらと風に舞っている。
ぱっと見は人と区別はつかない。なんとも中性的な顔立ちだが、おそらく男性であろう。
はっとするような碧眼に、人間のそれとは違う。長く伸びた両耳が、明らかな特徴だった。
それは、エルフと呼ばれる種族だ。
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