第一部 1章 「亡国の英雄」002

 

 赤子は降り立ってまず、寒さにより絶命した。

 当たり前の事だが、寒さに対する耐性がないのだ仕方が無い。


 天与賜物ギフト――亡国の英雄。

 パッシブスキル:食いしばりLv.5

 ――12回までの死を回避して、体力を瀕死に戻す。その度に全耐性に一段階の強化バフ


 因果改変:誘致・不利益のオートスキルにより、すぐさま遭遇戦闘エンカウントに入る。

 白狼、寒冷地に適した狼種で、普段から六匹で行動する習性を持つ。


 白狼六匹と遭遇戦闘エンカウント。一斉に赤子に襲い掛かる。


 天与賜物ギフト――亡国の英雄。

 パッシブスキル:逆境Lv.5

 ――瀕死時の全ステータスの上乗せ。魔力の上限と下限が無限に変換。


 これにより亡国の英雄の固有魔法が解禁。

 『雷帝』――雷属性広域殲滅魔法。元位冠げんいかん11.6位初級。

 

 この間は、いまだ瞬きするほどの刹那。赤子に、六匹の白狼が飛び掛かっている途中だ。


 『雷帝』が瞬く間に、白狼六匹を消し炭にする。


 天与賜物ギフト――亡国の英雄。

 パッシブスキル:逆転Lv.5

 ――瀕死時におけるダメージ量の大幅増加。

 パッシブスキル:死中に活Lv.5

 ――弱点攻撃時のクリティカル率の大幅上昇。


 赤子はまた寒さにより絶命。パッシブスキル:食いしばりLv.5発動。

 全耐性のさらなる強化が付与される。


 遭遇戦闘エンカウント。冷熊、冷気に対する完全耐性を持つ、熊種。

 それと、白狼が六匹。

 『雷帝』。


 赤子は狙っているわけではなく、ただ己の本能で。ただただ身を守っている。

 そして、狙いをつけて魔法を行使している訳でもない。無茶苦茶に。わがままに。駄々をこねるように。


 普通の赤子の様に、泣きじゃくっていた。


 遭遇戦闘エンカウント。白狼六匹。冷熊。

『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。


 広域殲滅魔法により、雪は解けて蒸発して凍る。地面にも届いて、そこを抉り。樹に当たれば樹をなぎ倒す。

 地獄だった。

 それを繰り返す、地獄の連続だ。


 魔獣が、すごい速度で赤子に向かって迫る。

 魔獣ストーン、一つ目の堅い外皮に覆われた戦牛種。その数三頭。

 魔獣デアハーピー、翼鳥人種のハーピーの亜種。空を飛び完全冷気耐性を持つ。その数五匹。

『雷帝』。『雷帝』。


 霊峰シヴィルオにいる全モンスター達は、危機感をどんどんと増幅していった。

 何かは分からないが、とてつもなく悪いことが今。この山で起こっていると。断続的に光と轟音が、山の山頂よりは下。中腹よりは、もう少し頂きの方で起こっている。

 そこに魔物達は向かうのだ。向かわざるを得ないのだった。

 本能で、そこに在る脅威を感じているのだから。


 赤子は、三回目の絶命をする。食いしばりLv.5が発動。

 それと同時に、赤子は冷気に対する完全耐性を獲得する。これも赤子の防衛本能により。今、生き延びる為の最適解を選んでしまう。どうしようもなく。

 魔物達を、もう数百は屠っただろうか。


 地面を割って大ムカデが出現した。身の丈は10mはあるだろう巨大なムカデだ。

 それに合わせて、白狼が群れで現れた。その数30匹。魔獣デアハーピーの群れも、空を飛んで赤子に迫る。


『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。

 蒸発した魔物達の灰が雪と混じり、それが蒸発してまた凍った。

 風も勢いを増してきて、強く吹雪く。

 蒸発と凍結。

 それが交互に織りなって、もはや災害級のブリザードにまで悪化してしまっている。

 灰になった魔物達の怨念でもあるかのように、そのブリザードは赤子に集中していくのだ。


 赤子はここで四回目の絶命に至り、また食いしばる。

 完全風耐性、打撃耐性、斬撃耐性を獲得。

 ここまで来て、はっきり言える事があるとすれば。

 この霊峰シヴィルオに存在する全モンスターの中で、赤子を倒せるモノはもういない。

 すでに屠った数は、数千を超える。


 そこまで強い魔物がいるわけではなかったが、しかし人間の赤子に負ける魔物はいなかったはずだ。

 赤子は逆境Lv.5によって得た無限の魔力を惜しみなく使い、広域魔法の連打。更に逆転Lv.5と死中に活Lv.5のダメージ量増加と、クリティカル率上昇のコンボで、先駆けによる一撃必殺の範囲攻撃を、繰り返していただけだった。泣きじゃくる様に。滅茶苦茶に。

 この山の魔物達に、このコンボを打破できる能力は無い。


 魔物の群れが、ブリザードの間を縫って赤子に突進していく。

『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。


 雪に覆われていたはずの地面はむき出しになって、もはや焼け焦げている。木々も積もっていた雪はとっくに蒸発し、あちこちで燃えだしている始末だ。


 この山はもう、長くはないのだ。この山に降り立ったバケモノのせいで。

 だが、魔物達には逃げるという選択肢は無かった。

 それは赤子のオートスキル。因果改変:誘致、因果改変:不利益。

 この影響は確かに計り知れないのだけれど。敵意がただ増幅され、運ステータスの改変によって、赤子の不利益になるように行動してしまうのだけれど。だけれども、それだけではない。


 自分の住処を壊されて、燃やされて、滅茶苦茶にされて。

 怒らない魔物はいないのだ。

 ちゃんとこの山に生かされ、この山の一部として、巡る輪廻の輪の中で。自覚は無いが役立っている。


 と、その時。山頂の方より雪崩が起きた。

 吹雪が。ブリザードが。赤子に襲い掛かってくる。

 因果改変:不利益により、運ステータスを改変された魔物達は、その災害に見舞われず。逆に味方にでも付けたかの様に、雪崩に乗り、ブリザードには奇跡的にに当たらず。赤子に向かう。

 群れという言葉では足りない位に、すごい数の魔物達はバケモノに向かっていく。倒すために。殺すために。小さな小さな人間の赤子に、己の全てで向かっていったのだ。

 絶え間なく。


 山も木々も魔物も、そこにいる全ての命が怒っているのだった。この理不尽に。


『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。『雷帝』。


 一晩をかけて、この地獄のような繰り返しが続いた。何も残らなくなるまで。



 夜が明けた頃。ようやくこの惨劇が幕を閉じる。


 あれほど荘厳にそびえ立っていた、霊峰シヴィルオの真っ白な山肌は無残にも焦げあがって、地面がむき出しに。木々はなぎ倒されて未だに燃えているものもあるし、とっくに炭にまでなっているものもある。


 魔物達はもう、この山のどこにもいなかった。全て灰にされてしまったのだ。


 その数4万5621匹。


 霊峰シヴィルオは、死の山と成り果てる。何万発もの雷が撃たれた。

 広域殲滅魔法『雷帝』。この聖なるいかづちは幾度となく山を抉り、破壊し。

 この山の属性を、無理やり変えてしまう。帯電する山にしてしまったのだ。

 向こう100年は、この山に命が宿ることは無い。


 赤子はやっと終わった惨劇に安堵するわけではなく、普通に疲れて眠ってしまった。

 散々にわめき散らかし、泣きじゃくったのだ。当たり前だろう。

 生まれたばかりの、その揺蕩たゆたう命で。

 山の命という命を、無惨に殺し散らかしたのだ。


 そして、帯電した山肌の中腹。雪崩に少し巻き込まれて、最初に降り立った所から、少しふもとくだった所で眠ってしまっている。

 帯電し、燃え続けるその地面に、裸で寝息を立てていた。

 もはや、おくるみはどこかに消え去っている。

 火耐性は少し前に獲得しているので、概ね安らかではあるだろう。


 

 あのひっそりと滅亡した、小さな小さな国に突如降りかかった理不尽と。

 荘厳だったこの霊峰、そこに住まう魔物達を襲った理不尽も。

 もしかしたら赤子が連れてきた、理不尽だったのかもしれない。

 英雄であるが故に。


 英雄であるが故に、生まれた時から運命は過酷さを増す。

 それは、仕方のない仕様なのだ。英雄には過酷な運命が似合っている。どうしても似合ってしまうのだ。

 それが例え、周りを巻き込むことになっても。英雄の意思とは関係なく。

 不幸に、立ち向かっていかざるを得ない。不幸が無いと始まらない。

 なぜならば。――英雄なのだから。


 赤子はこの後、山の異変に気付いて調査にやってきた仙人。

 ハロック=エルセフォイによって、助けられる。


 赤子にとってはここで。

 ようやくここで、生まれてすぐに陥った激動からほんの少し。

 ほっと息をつける間隙を、貰えることになるのだった。


 生まれてから息をつかせぬ展開で。何回も死んだし、ずっと瀕死だったから。ようやく休めるのだった。

 そして、ここまでの激動に比べれば、大した事のない不運が一つ。

 ある異世界の精神こころを宿した、この赤子は。


 まだ、名付けられてもいなかったのだ。

 

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