異世界転生したかったワケじゃないんだオレは
シエテラ
第一部 1章 「亡国の英雄」001
プロローグ:結婚式
「あ、あ……はっ」
どうしよう。思いのほか緊張して、声が出ないや。
隣にいる彼女にも、この緊張を悟られたくなくて、中々顔を向けられない。
気恥ずかしさで、顔が火照ってしまう。
小さな教会のステンドグラスからは、優しい光が直角に差し込んで、その場の気温を少し上げている。
「ど、どうだろう……?」
「どう、って……?」
未だ顔を向けられないので、彼女の表情は読み取る事は出来ないが。多分、あの大きな瞳で、少し首を傾げて白い歯を覗かせているのかもしれない。
真っ白なドレスを身につけたまま。
「あっ、いやゴメン。その……、ゴメン」
幸せかな。と、聞きそうになって曖昧になってしまった。やばいな……かなり緊張している。
「ふふ、もちろん幸せよ」
汲み取ってくれた事も、それを言わせる形になってしまった事も、同時に感じて耳が熱い。
ヤジを飛ばす、数人の友達や仕事の上司の目が痛く。ますます、耳朶は赤くなっていった。
自分達らしい結婚式にする為に持って来ていたアコースティックギターが、パイプオルガンの近くの椅子に載っている。
茶色のボディーが、薄く光を反射して。キラキラと眩しい。
「ふふっ……もっと、もっと。今以上にもっと、幸せにしてくれるんだよね?」
やはり、顔を向けられない。彼女は、どうしても言葉が足らないオレを気遣い。そして、オレを理解してくれるのだ。
「うん、そうだね。もちろん……誓うよ」
左腕を掴む彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。
出会ってから、何年が過ぎただろう。いつもオレは、彼女に助けられてばかりだ。
幸せにしなくては……
改めて心に誓う。
不思議と、さっきまでの緊張は、徐々に取り除かれていく。
ちゃんと、彼女の顔を見て。もう一度、言葉にして誓おう。
真剣に、彼女の目を見て誓うんだ。
「きっ……」
……っ、あっ……っ。れ……?
体に冷たい感触の何かが入った、――気がした。いや、腹部のその位置に。
ーー内臓に。冷たい? いや、熱いっ……! 自分の手を見る。
ブルブルと震えている。いや、ブルブルと震える振動が分かる。なぜ?
目がよく見えない。気がする。
ーーっあ!? ごぼっという音が、脳なのか頭蓋なのかに振動した気がする。
多分倒れた。
小さな教会の、ささやかなウェディングロードに。
脳なのか頭蓋なのか、割とすごそうな振動が伝わった気がする。
大丈夫なのかな……。何だろう……酷く、他人事のように感じる。
あぁ、……君の声が聞こえる気がする。
すごく何かを叫んでいる。振動が……する……。
ああぁ、……酷く……なん、だ。……きこえ、な……い。
「ーー !」
これ以上無いような、深い深い黒色に包まれていた。
ーーあまりにも真っ黒だったし。あまりにも、何処かに沈んでいく様な、底なし沼に入っていく様な。不思議な感覚だった。
だったから、というのも不思議だ。よく分からない。
でも、その深い色の深さに、ついつい。
ついついオレは、眠ってしまった。
眠ってしまったのだ。
一章、亡国の英雄
そこはいわゆる小国と呼ばれるのに、少しも反論ができない国であった。
国であると、周辺国家に一応認めて貰えている。かろうじて、認めて貰えている程度の小国である。
全国民を含めても二千人弱。もはや、どこぞの大国と比較すれば、一つの村にすら人数で負けてしまうかもしれない。
なぜそのような国が、国と認めて貰えるのかというと。
その地で採れる鉱物に由来する。
ーー準一級鉱石の
鉄よりも遥かに硬度があり、加工も困難である事から。武器や防具などに使われると、非常に高価なものになる。
ーーそれが一つ。
そしてもう一つ。
鉱物資源のみでは、略奪や侵略で事は足りる。
なので、それらをされない為の理由付けが、非常に重要になってくるのだ。
この国が侵略も略奪もされずに、小規模ながら百五十年という歴史を積み重ねることが出来た理由。
それは、二千人弱のこの小国は、錬金術国家なのである。
錬金術に重きを置いた、二千人弱の錬金術師国家。
国民みな総錬金術師を提言し、実行した稀有な国家なのだった。
その錬金術師達が、
――ミスリル。一級鉱石である。
錬金術師でも、上位冠に属する者でなければ練成する事が難しいとされる難度の業を、すべての国民が練成できるのだ。国家総出で。
これを国家の主軸に周辺諸国と交渉や交易を進めて、敵を作らず自らは富まず。
ただただ、自分達はあくまで真理を目指すだけの集団ですよと。
小さく小さく、誰の迷惑もかけていませんよと。
百五十年の長きに渡って、生き永らえてきた。
生産量を偽って。流通量を恣意的に操って。
百五十年をひっそりと。二千人弱の小規模国家として。増えず。哀れに。弱さを演じて。憐れに存続していた。
だが、滅亡する。
人の理になど左右されない、魔族に。
この国は、滅ぼされるのだ。
王は歩くでもなく、走るでもなく。しかし出来るだけ早く王妃の寝室に向かった。
「シェリンよ、いるか?」
「ここにいますよ。……カウォル」
王妃は生まれたばかりの男の赤ちゃんを抱いたまま、窓から見える自国を見つめる。
その小さい箱庭のような。けれども、百年以上の歴史ある祖国が、焼かれていく様をただ見つめ続けた。
「私達の国は亡びるぞ。私たちと民たちの、国が……っ」
王のカウォルは、溜息にも似た嗚咽を小さく小さく吐き出す。
「ええ、そのようですね。その……どうして、この様になったのかしら」
虚ろな瞳で王妃のシェリンは、赤子を抱いたまま窓を見ている。
窓から覗く、焼かれて行く自分達の国を見るのだ。
「理不尽な事が、起きたのだ。人の身では、どうすることもできない様な」
「何も解らず、今に至るのですね?」
「そうだ。何も……解らず、皆は死んでいった。何も解らず……、この国は亡びるっ」
「この子は、どうなさるおつもりですか?」
何が何やら、解らないうちに国が滅亡する。だがそんな事は大した問題では無い、と言いたげな返事をし。
シェリンはカウォルに向き直る。
すやすや寝ている息子の頬に頬を寄せて、一緒にあなたの父親を見てみようと言わんばかりに。乳飲み子のふっくらした手を優しく持って、上に下に振っている。
「っ……、本来なら。本来ならば……」
「本来なら……?」
この場では決して似つかわしくない微笑で、シェリンはカウォルに首を傾げた。
「この国と運命を共にするべきだ。私もお前も、その子も……っく」
「それはしたくありません」
間髪入れず、シェリンは答える。
そう言うであろうことは、カウォルには分かっていた。
子供の時分から、二十数年間ずっと傍らにいたのだ。
そして、ほっとする。
誰かの後押しが欲しかった。自分の子供だけは生き延びさせる身勝手さを、肯定して欲しかったのだ。
国と共に没するから、せめて我が子だけはと。
「シェリン、この子の為に死んでくれるな?」
「ええ、当たり前じゃない」
二人は久しぶりに。本当に久しぶりに。お互いの手と手を握った。
そしてそぉっと、我が子を抱き寄せて、頬に口づけをした。
ーー転移魔法。「そっとしずかにここではないどこかとおくへ」
二人の魔力のありったけで、我が子を遠くに。
生き延びる確率が、少しでも上がるように遠く遠く。
この理不尽からもっと遠く。
魔力が底をついても、もっと魔力を振り絞り、もっともっと遠くへ。
命を賭けて。
命を使って。我が子を遠くに。
この理不尽から。ーーもっとも離れた、遠くの場所に。
その日、一つの国が滅びて一つの流星が夜空に解き放たれた。
その流星の行方は、誰にも分からない。
国を滅亡にまで追い込んだ、目的不明の魔族にもそれは分からなかった。
赤子を乗せた光は、すでに名前すら無くなった小さな国より、遥か北方。
寒さに支配されたアルゼリア地方の、険しい山脈。
――そのうちの一つ、霊峰シヴィルオに光は降り立つ。
あるいは、落ちた。
しかし赤子は無傷である。
もしくは、親の愛に包まれて静かにそこに運ばれたのかもしれない。
しかしその赤子の因果は、果てしなく深い黒色で染められていた。
稀に発現する類の
レア中のレア
勇者に次ぐ、稀有な才能。
それ故の作用、反作用。いいのか、わるいのか。
亡国の英雄に変質した事による、バッドステータスの付与が
ーー因果改変:不利益。
半径3㎞圏内の全ての生物に運ステータスの低下を促し、スキル保有者の不利益になるように因果律の改変を自動で行う。
不利になる物事を呼び込む。
ーー因果改変:誘致。
半径3㎞圏内の敵意に干渉し、敵意を増幅しスキル保有者に誘わせる因果律の改変をする。
敵は常に存在し続ける。
このバッドステータスにより、亡国の英雄になってしまった赤子が
遥か北方に無傷で、何かしらの理不尽から逃げおおせたはずなのに。
国を失い、親を失う不幸を生まれてすぐに味わった赤子は。何も分からないまま、不幸に底は無い事を知る事になる。
いや、知る事にはなっていないのだけれど。今は。
何も分からないままの、生まれたままなのだから。
自身の因果に、絡めとられた亡国の英雄は。
今、ただただ。
ピンチに陥った。
絶体絶命の危機に。
全身で。
遭遇してしまった。
霊峰シヴィルオの全モンスター。
獣から虫から魔獣。草魔から樹木精まで。
シヴィルオにいる命あるもの達に、全方向より総攻撃をされる。されてしまう。
誰が望んでいるわけでもなく。だれも望まない戦いが、何故か起こってしまったのだ。
因果に沿って。因果に則って。
愛する我が子を守る為に、命を賭して慣れない転移魔法を使い。
父と母が送ったはずが。
場所は選べなかったが、それでもより生存の可能性が高い。
と、思われた北方。そこにせめて愛する我が子を、と。
それが裏目にしか出なかった。
それを反省して次に生かすための経験を積める者は、もうこの世にはいない。
それを、誰が責めれるというのだろうか。
例え、もっと悪い事実が浮上したとしても。
寒冷地。
生まれたばかりの赤子には、お世辞にもよろしくは
無いであろう寒い所に。
物理的に。肌感覚的に。そして、もっと云えば絶対的に間違っている所があるとすれば。
おくるみしか着ていなかったのだ。
おくるみを着ていると定義していいのかは、この際置いておくとしても。小さな小さな国の王と王妃は、愛する我が子を布一枚で極寒の地に放り投げたのだ。
愛する我が子を。
そう客観的には見える所業を、してしまったのだった。せざるを得なかったのだ。
なぜならば……
かの滅亡した小さな小さな国は、比較的南方に位置していて。
基本の温度が恒常的に高く、山々に囲まれた盆地になっている。
山にせき止められて、曇りにはなりにくいが。湿度はいつも高い水準を維持し。
一年を通して、錬金術の研究には有利に働き。術師達には、非常に好まれる土地なのだ。
長く住むにあたっては、問題が一切無い。だが、その反面。その、恵まれた条件は逆に、まったく違う環境への興味を完璧に削いでしまっていた。
寒い所という環境の変化を、その小さな国の国民すべてで、まったく知らなかったのだ。
知識が無いし、知りたいとも思っていない。
周辺国家とのあれやこれやに辟易していたその小さな国は、ここよりはきっとマシだろうと。思ってしまっていたのだ。
自然環境に、生死を左右されない地域がゆえに。
寒いという状態変化を、全く知らなかったのだ。
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