第一部 3章 死せる太陽は輝かない 001
三章 死せる太陽は輝かない
声の大きい、ライオンに近似した風貌の獣人魔族。
死せる太陽のゲインの弟子は、実際には純魔族の洗礼を受けた、準魔族と魔族界隈でも卑下される程度の存在なのであったが。
それを、取り敢えず撃破したアルルと、リヴィン改めルビーは。
報告の為に、来た道を戻る。
完全に撃破したかと言えば、難しい所ではあろうが(相手をゾンビにして、戦闘不能にする事をどう捉えるか)。
しかし、アルルとルビーは、エルフにとって英雄と呼ばれるにふさわしい扱いを、受けられる資格は十分にあるだろう。
首都であり妖精国の王、妖精王シルフィが住まうフォン城に帰還することなく、近場の第三都市フォン・サールドにて二人は、簡易的な祝いの場を設けられた。
エルフの国の宴は、彩り豊かな
それが、ぴかぴかと目まぐるしく輝いている。
第三都市フォン・サールドの中央広場に陣取って、立食式のパーティがただ今行われていた。
主役たる十二歳の少年アルル=エルセフォイと、赤い髪の吸血姫ゾンビのルビー=ペインバッカ―は、中央広場のそのまた中央に、席を作ってもらい。
そこに鎮座している。
させられているといった方が正しいのかも知れないが。
一応の歓待を受けていた。
「おい、ゾンビ。これからどうするんだ?」
アルルは少しぶっきら棒に、隣に座るルビーに問うた。
少年は自身が付けた名前を、あっさり捨てた吸血姫ゾンビを、まだ許してはいないようである。
明らかに。
「オーウ、アルルさん。ルビー=ペインバッカ―。ルビーと呼んでくださいナー」
赤い髪と赤い目のゾンビは、象徴的な八重歯を見せて軽くウィンクをする。
ボロボロだった衣服は、この第三都市に着くなり、身の回りの世話をしてくれているシュバルツがすぐさま用意した。
妖精王に貰った白のローブは、いつの間にか真紅に染まっていたが(ルビーは隠れて自身の血をローブに染み込ませていたのだ。超回復の範囲を確かめる目的もあるだろう)。
機能面で問題が無さそうなので、そのまま貰った衣服の上から羽織っている。
「この、エルフ達の踊りはいつまで見てればいいのかな?」
エルフは、アルル達を囲むように踊り狂っている。これがこの国流の歓待の宴であるようだった。
ーーなんだろう。この……場違いなクラブに、間違えて入っちゃった様な。恥ずかしさとか、なんとも言えないこの感じは……。
「マア、いいんじゃないでスカ―。一応、ワタシ達は英雄として歓迎されてるんですカラー」
ただのボロボロのゾンビだった奴が、急に赤い髪の女(に、見えるがそれでもゾンビはゾンビ)、になったとしてもシュバルツは別段、何も言いはしなかった。
アルルは不思議に思ったが、気にしたら負けだと思い今に至る。
さっと、アルルの乾いた杯にエルフの少女、多分少女(エルフは見た目では年齢が分かりづらいが人間に当てはめて考えると、おおよそ少女といって差し支えは無いだろう見た目)に、美味しいが何のジュースなのか分からないものを注いでもらう。
「あ、ありがとうございます」
恍惚の表情と共に、その淡いグリーンの瞳をうるうるとさせて、軽く会釈をする少女。
髪の色も瞳に合わせて、淡いグリーンのロングヘアを、さらっと流す。
まるでほろ酔いのキャバ嬢みたいだなと、アルルは思ったが思っただけにした。
「ヘッヘッヘ、アルルさーん。あの子はきっと、アルルさんに気がありますヨー。このこの。女たらしガー」
「なんでよ。……初めて会ったのにそんな事はないでしょ」
「イヤイヤ、この朴念仁かって。誰がどう見ても、彼女はアルルさんにモーションかけてるでしょ百パー」
「十二歳の子供なんだけどな……肉体的には。いや、ますますなんで子供にモーションかけるんだよ」
「アッチの常識に囚われない。それが異世界転生の醍醐味でショー。アハハー」
「ほんと、言ってることが良く分からない……」
そして、淡いグリーンのエルフは、急にアルルの前で踊り出した。
まるで何かをアピールする様な踊りであったが、アルルは微動だにせず、ただただ虹色に輝く
ルビーのフリを受けるように、すぐに踊り出したエルフ。
どこぞの安いコントのようだなぁ、とアルルは思った。そして虹色の光を、遠い目をして見続ける。
そのうちに虹色が滲んで見えて、眠くなってくるのだった。
ーーこのまま眠って、目が覚めたら全て夢でした……って、なったらどんなに良いことか。
溜息を一つ。アルルは大きく吐き出した。
翌朝、再びけたたましい目覚ましで起こされたアルルは、身支度を整え軽めの朝食を摂った後、昨夜の宴の後の中央広場へ向かう。
ルビーは敵の急襲を危惧し、エルフの衛兵と代わる代わるの見張りを買って出た為(なぜそんな殊勝な事を言い出したかは、アルルは分からない)、昨晩以来で中央広場でルビーと会った。
そこにはすでに、宴が始まる前には姿を消していたシュバルツと、その横。
アルルの前で何故か踊っていた、淡いグリーンの髪のエルフの少女もいた。
「アルル殿、ゾ……ルビー殿。おはようございます。昨夜はお楽しみ頂けましたでしょうか?」
恭しく、シュバルツとその隣の少女は片膝をつき挨拶をする。
「あ、はい。おはようございます、シュバルツさん。と……そのー、そちらの方は、昨日の?」
「はい。私の一人娘、アイーニャ・レレア=フィーエルです」
ーーむ、娘だったのか……。
「昨夜、娘は大丈夫でありましたか?」
何が大丈夫なのかとアルルは思ったが、昨日の出来事を
「あ、はい。多分……楽しく、踊っていたと思います……?」
「ほほーう! そんなに楽しく踊っていましたか! アイーニャ!」
シュバルツはぐっと親指を立てて、娘のアイーニャに向ける。アイーニャも無言で父、シュバルツに親指を立てて見せた。
ーーえ、何がそんなに良かったんだ?
真横を見ると、ルビーも親指をぐっと立てている。アルルに。
ーーなんだお前ら。
アルルは溜息をこぼして、シュバルツにこれからどうするのかと。
聞くだけに留めた。
シュバルツは昨晩はどうやら、宴の準備や何やらを第三都市の役員に投げて、アルル達の活動報告と、今後の作戦を妖精王に打診する為に、一路フォン城に舞い戻ったという事らしい。
馬車ではなく早馬で、大体二時間かからない位らしいが、往復で考えるとシュバルツは寝てはいないのだろう。
その妖精王の今後の方針を、シュバルツは話し出す。
死せる太陽のゲイン、その部下の撃破とあってはかなりの功績で城内は騒然となったらしく。
エルフ側の士気は大いに上がった。
首都フォンでも大きな宴が催されたようだ。
ーーエルフって、祭り好きなのか? いいのか? 戦時中じゃないのか?
色々な事が頭に湧き上がってきたが、アルルはそれを押しとどめて続きを聞く。
「妖精王はこれを好機と見なして、エルフ軍総勢一万で攻勢に出る決断をしました」
ヒャッハーと、何故かルビーのテンションが上がっているが、それは無視してアルルは続きを促す。
「今の所、死せる太陽がどこに居るのか。それは、分からないのですが。多分。いえ、かなりの確率で部下の消息を探しているのではとの見解に至りました」
「それってつまり……?」
「はい、東に位置する第二都市フォン・ツーリャよりは、こちら。南の第三都市方向にいる公算が高いのです。なので一万の兵を首都フォンより南東に向け進軍させます」
ーーそれは本当に公算の高い見解なのだろうか……。
アルルはうーん、と腕を組み考える。
「そ、それで僕たちは何をすれば?」
何故今になって、一万もの軍団を動員する事を決めたかは分からない所なので、一応アルルは聞いてみる。
一万が多いのか少ないのかすら、実際にはアルルには分からない。
「はい。えー、攻勢にあたり万全を尽くしての行軍になるため、第二都市フォン・ツーリャに全軍が揃うのは大体、1週間ほどの猶予が。少なく見積もって必要であり。その間に挟撃や、首都への直接攻撃の恐れもある為。我らの英雄、アルル様とゾ、……ルビー様に置かれましては。ぜひそのお力を示し、遊撃の任を以て我らに勝利を導かんことを切に。ここに切に願うものであります」
そのまま誰かに暗記をさせられた様な調子で、シュバルツは頭を下げる。
「そ、それってつまり?」
「はい、私とこのアイーニャ。アルル殿とルビー殿で遊撃隊を組織しまして、ここより第二都市を目指し、敵情視察をお願いしたく存じますーーーー!」
いきなり地面に頭をこすりつけて、シュバルツはお願いをした。
一万もの軍を動かして、その
一万の兵を動かすので、それに免じて強いヤツ倒しちゃって下さいよ。とも取れる言い回しだった。
そこはかとない何かの陰謀にすら感じるお願いに、アルルは頭が痛くなる思いだ。
「その、シュバルツさんはそれでいいんですか? その、アイーニャさんも……」
「私も娘も、一向に構いませんっ! 死ぬ覚悟はすでに出来ておりますっ!」
あと、娘に敬称はいりません、とシュバルツは声を張った。言い切ったのだ。
ーーなんでぇ!? その遊撃隊にオレらを勝手に組み込んで、そんでもう死ぬ覚悟してきたの!?
隣のアイーニャも、言葉なく必死にうなずいている。
それは、死ぬ覚悟の方のうなずきなのか、敬称がいらないの方のうなずきなのかとアルルは思ったが、今聞く事では無いと。こめかみを押さえて一番聞きたかった事を聞いた。
「その、間違ってたら申し訳ないのだけれど、もしかしてアイーニャは喋れないのかな?」
「ひゃっ……!」
顔を明らかに赤らめてアイーニャは、ぶんぶんと頭を横に振った。
「すみません、アルル殿。アイーニャはすこし無口で恥ずかしがりやな所がございまして。奥ゆかしいと言いますか……私と居る時は、良く話してくれますよ」
アルルは頭痛のせいで、もっとも意味のない事を聞いてしまう。
隣でルビーが、無口な恥ずかしがりやエルフ来たぁぁぁと、何故か嬉しそうだ。
また少し頭が痛む。
「僕たちには、それを断る選択肢は……あ、無いんですね。はい。やらせていただきます」
断ると言った瞬間の、エルフの親子の絶望と落胆した顔を見てしまって、アルルはすぐさま言い換えた。
言い換えてしまった。反射的に。
ーー断ったらシュバルツさん、死んじゃわないよね?
魔族がいつ攻めてくるかなど分からない、分からないが故に。
アルルとルビー、シュバルツとアイーニャは、早々に旅支度を始める。
一応の迎賓としての扱いはあるらしく、アルルとゾンビに旅の経費が求められる事は無かった。
「私は、弓を得意とする弓兵のスキルと、索敵に長けているので哨戒任務に良くついておりました。主に後衛からの補助などはお任せください。そして娘のアイーニャは、
「ひゃっ……い!」
アイーニャはまたぞろ頭をぶんぶんと振って応えとする。
シュバルツは結局、自分たちは常に後ろにいますよ。
という事を、胸を張って言ってきただけである。
第三都市に、ある一番大きな道具屋での事だった。
「イヤー、アルルさん。パーティが組めましたね! アハハ、いいですネー。いよいよなんか、ファンタジーしてきましたネー。冒険ですネー。アハハー」
「だまれ、ゾンビ」
「アルルさん、酷くナーイ。アハハー」
旅支度に必要なものは、あらかたシュバルツが揃えてくれるというので、アルルとルビーは大きな道具屋を見て回っていた。
これがポーションかぁとか、何かを物色してはうるさく喋るルビーの横にアルルはいる。
別段、特に見て回りたいものも無かったからだ。
こうしてアルル達は急造の遊撃隊(名ばかりではあろうが)を編成し、第二都市フォン・ツーリャを目指す。
目指す先にはきっと、死せる太陽なる魔族が居るのだろう。
ーー居なくてもいいけどね。
と、そう思うアルルを尻目に、思惑は交差していくし。交差していかないのかもしれない。
それはアルルには、到底分かりえない事柄だった。
流されるままに、小さな英雄は因果に翻弄されていくのだ。
英雄であるが故に……
アルルはふと、何となくポーションとやらを飲んでみたくなった為、店のエルフにお願いをして試飲してみる。
それを口にした瞬間、あまりの不味さに全部を地面に吐き出した。
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