第4話 とある女子の帰宅風景 〜運命の紙一重

 全くもーう!


 リナから、彼氏との別れ話散々聞かされた上に居酒屋で酔いつぶれられて、仕方なく家まで送ってあげて、こんなに遅くなっちゃった‥‥‥


 リナに泊まってって言われたけど、そういうわけにはいかないの。とにかく私は帰りたい!



 やっと今、自分の最寄り駅まで着いた。せめて今日中に帰りたかったのに、もう夜中の12時過ぎてる。


 私の住んでるワンルームマンションは、ここから徒歩20分もかかる。バスもとっくに無くなったこの時間。運悪く、ロータリーに数台は待機してるはずのタクシーも出払って、数人が並んで待ってる。


 待ってるくらいなら歩いた方が早いよね? 私、1秒でも早く家に帰りたい。その辺、まだ人もそれなりに歩いてるし、大丈夫、大丈夫。歩いて帰ろうっと。さっき食べて飲んだ分もカロリー消費出来るし〜。


 普段はバスだけど、お天気が良くて、朝の支度が早く出来た朝には、駅まで歩いたこと数回あるからイケるって!



 ***



 駅を出てすぐの頃は、私と同じ方向に歩く人たちは前後に数人いたのに、駅から離れて行くに連れて、一人曲がり二人曲がり、私が曲がったりしている内に、視界から人がいなくなった。


 いつの間にか一人きり‥‥‥


 街頭は灯っているけれど、静かすぎる通りは不気味。よりによってここはお寺の横の道。塀越しに、傾いた卒塔婆の上部がたくさん見える。キャー! 真夜中のお墓、不気味ッ、コワイッ!! 


 怖いのになんかそっち見ちゃう! 涼しくなりたいわけじゃないのに。


 ───え? 光がシュワッ走ってと横切った! 


 不意に後ろから車が一台、ブオーンと通り過ぎた。ビクった‥‥車のヘッドライトか‥‥



 そのワンボックスの黒い車が前方で路肩に路駐して止まった。赤いブレーキランプが目に毒々しく滲む。


「‥‥‥‥」


 なんとなく私は右に曲がった。たしか、こっちからでも帰れたような気がするし。


 さっきの曲がり角辺りから、複数の若い男の声がボソボソ聞こえて来た。この辺の人? 誰だか知らないけど、こっちに来たら嫌だな。


 マンションとシャッターの降りた店と、挟まるようにある一軒家の連続。住宅街の通りはしーんとしてる。


 今度は左に曲って走った。カツカツ静寂の夜に響くヒールの音。こんなのまるでドラマの中に出て来るシチュエーション。追い詰められるヒロインばりだってば! もう無理。足痛ーい。


 それでも不安が溢れて小走りは止められない。


 なんだか急にすっごく心細くなって来た。やっぱり駅前ロータリーでタクシー待ってればよかったよぉ‥‥‥ぐっすん‥‥‥ぐっすん‥‥‥

 

 待って、まだ人の気配する‥‥‥‥


 振り向くと後ろの方にはスーツの男が一人、こちらに歩いてる。きちんとした服装だけど、残業の会社員?


 だからってそれもそれで寄られたくない。


 ───あれ? こんな所に公園。初めて見たかも。夜は、木々も植え込みも黒くて不気味に見える。不安を誘う葉擦れの音。結構広そうな公園ね。ここはどこなの?



 転職してこの街に住み始めて約4ヶ月経つけど、自宅ワンルームと駅までの道以外はあんまりよくわからない。だって、この辺コンビニ以外、他に行く用は無いもん。


 家の近辺で迷子になるなんて。スマホで道を調べよう。


 ‥‥‥あれ? 電池切れてるッッッ!? いっけない! そういや、モバイルバッテリーも充電してないや。バカバカ、も〜うっ!!



 後ろからはビジネスマンらしき男が一人、こっちにどんどん近づいて来る。‥‥キャー怖いっ。全ての男が野獣ではないとは思うけど、やっぱりこのシチュエーションは緊張する。


 私はサッとスマホとバッテリーをバッグに戻すと、公園に飛び込み、植え込みの陰に隠れて男が通り過ぎるのを待った。



 ───100数えたよ。そろそろいいかな?



 立ち上がって通りの様子を伺うと、さっきの人は消えていた。曲がったのかも。


「おやおや、夜中に若い娘がこんな所で、どうしたんだ?」



 しわがれた声が私の真後ろで、した。


 硬直しながら恐る恐る振り向けば、ボロ着の、どっからどう見てもホームレスのおじいちゃんが立ってる!!


「ギャーーーッ!!! どうもじないってば! 私にはなぢかけんなっ!」


 もう、恐ろしくて恐ろしくて、道路を一目散にただただ真っ直ぐ駆けた。



 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥心臓バクバク。もう、走れない‥‥‥



 ここ、どこよ? 目印はないの?


 あ‥‥向こうにコンビニの看板が光ってる。あ‥‥れ? あの店知ってるし!


 あれは私の家からは、駅の反対方向にあるコンビニだ。いつの間にか家を通り過ぎてたとは!


 私は光に集まる虫の如し、看板に引き寄せられて行く。


 夜のコンビニの明るさは神だよ。その光を浴びていれば、普段はウザく感じる店の前にたむろうDQNたちにさえ、今はその存在に安らぎを感じてしまう‥‥‥


 彼らはニヤニヤしながら私に声をかけて来たけど、普通にあしらった。この私に相手にしてもらおうだなんて、図々しい人たち。


 私は売れ残ってたサンドイッチとリンゴジュースを買って、ほどなく無事に自宅マンションのドアの前まで辿り着いた。



 知らず知らず、紙一重で災難を避けながら────



 ***



「チッ、感づかれたみたいじゃん。もっと近くに止めろよ。ったく、オマエ運転下手じゃね?」


「ちっ、惜しかったよな。あの女。俺好みのイケてるスレンダー美人だったのに、クッソ!」


「やっぱさ、道路の左側歩いてる奴じゃないとやりにくいよな〜」



 ***



「お嬢さんを怖がらせてしまったなぁ‥‥あの子にとっちゃ、俺の方が不審者か‥‥ハハ‥‥」


 ここんとこ、この公園には会社員風の不審者が出るって噂なんだよねぇ。


 俺はあの男が怪しいと思うんだけど、ホームレスの俺の言葉なんて誰も聞いてくれない。ほら、また通った。この公園の周囲を毎夜ぐるぐる歩いてる、会社員風のあの男‥‥


 さっきもあの不審な男は、俺の存在に気づいてそのまま通り過ぎて行った。こんなホームレスのジイさんの俺でも、防犯には一役買ってるよな。


 そのまま男の後ろ姿を見送ってから、植え込みでうずくまってる女の子を見かけて、心配で声をかけた。したら、叫ばれて。


 落ち込むなぁ‥‥‥



 ***



 やっと到着! カギをバッグから取り出す。


 ここはちょっと駅から遠い割に家賃高めだけれど、オートロックが付いた女性限定ペット可の人気物件なの。女性の一人暮らしなんだから、安全安心が一番重要よ。


 パンプスで全力走ったし、なんだかどっと疲れた。早く靴脱ぎたーい。緊張の連続で精神的にも参ったってば。ふぅ‥‥‥



 私がドアを開けた瞬間!



「‥‥キャッッ!!」



 ───最後の最期になんてこと? 



 私に不意に飛びついて来た、毛むくじゃらの獣! 私の耳をペロペロ舐め、肩に食い込む爪。



「痛ーっ! ごめんなさーい、謝るからやめてぇ〜」



 もう、最高過ぎる! このお出迎え♡



「にゃ〜ん、にゃ〜ん、にゃ〜ん」


「遅くなってごめんねぇ、ニャン太くん♡ 怒ってるのね? 私、これでも頑張って早く帰って来たんだよぉ。きゃ、くすぐったいよ‥‥うふふ、今日は特別、一緒にお夜食、食べよっか?」



 私の帰りをずっと待っててくれた可愛いニャン太を撫でながら、私は誓った。



 もうリナとは、ぜーったい、一生飲みに行ーかなーい!





                                オワリ♡



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホラー短編集 メイズ @kuroringo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ