あだ花
十余一
あだ花
薄日が差す教室で彼女はひとり、窓の外を眺めていた。学び舎の景色は季節と共に移ろう。芽吹き、実り、そして枯れる。
一つまた一つと減っていく椅子。その順番が彼女に巡ってきたという、ただそれだけのことだ。大切な学友は最後の日に何を思うのだろう。邪魔をしてはいけないと
「あら、
「あの……、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
気まずそうに謝るわたしに、彼女は微笑みを浮かべわずかに首を傾ける。そしていつもと変わらぬ優しげな声色で誘うのだ。
「そんな所に立っていないで
言われるがまま、わたしは彼女の隣へ腰かけた。
開け放たれた窓から穏やかな風が吹きこむ。女生徒の華やかな声で満たされる教室も、今はふたりぼっち。彼女は普段と変わらない調子で、でも大切な思い出たちを愛おしく撫でるように語り始めた。
金栗先生に教わった
そんな他愛もないことを話していると、まるで明日からも彼女が登校してくるかのように錯覚してしまう。やがて日は暮れ、あなたのいない朝がくるというのに。ふと視線を逸らすと、
彼女はひとしきり話し終えると、最後に、静かに呟く。
「……、お手紙書くわね」
少し震える声で「……わたしも」と返すと、彼女は両の手でわたしの頬を優しく包んだ。まっすぐに向かい合い、彼女の栗色の目にわたしが映る。
「教えてちょうだい。
そう言って彼女がいたずらっぽく笑うから、わたしも笑みをこぼして返した。
「離れていても、隣にいなくても、ずっと同じものを見ていられるのね」
「そうよ。素敵でしょう」
「素敵ね……、とっても、素敵」
歪む視界の中で、彼女の
この目に映るあらゆるもの、この肌で感じるすべてを分かち合いたい。この学び舎で共に得るはずだったもの、喜びも楽しさも驚きも、ことごとく。夏の暑さ、冬のにおい、秋の美しさ、春の花。ひとつだって逃したくない。
「季節が巡るたび押し花を送るわ。牡丹も、金木犀も、椿も、桜も、ぜんぶ」
「ありがとう。楽しみね。私も庭の花を押し花にしようかしら」
「授業のことも書くわ。化学は苦手だけれど、がんばる」
「嬉しい。高峰先生のお話はどれも面白いもの」
「雑誌の感想も書き合いましょう」
「いいわね。それから、貴女が好きそうな小説を見つけたら送るわ」
彼女の目はどこまでも清く、優しく、まっすぐにわたしを見据えている。そこにはほんの少しの嘘もありはしない。共に学んだ友としてこれほど嬉しいことはないはずなのに、すばらしい人と友になれたと誇りに思わなければいけないのに、わたしの心は暗く沈んでいる。
――あなたはきっと、わたしの知らぬ殿方に頬を撫でられ、優しげな眼差しで貫かれ、愛を育まれるのでしょう。
そう考えて、わたしは心の奥底にくすぶる仄暗い気持ちに初めて気がついた。大切な友人と離別する悲しさだけではない。離れてゆく彼女を恋しく思う気持ちと、顔も知らぬ男に対する
わたしはこの実らない想いと共に、箱庭に置き去りにされてしまう。そしてわたしもまた、いづれ、
わたしは頬を包む彼女の手に自分の手を重ね、学び舎を去る恋しい人の幸福を願った。
「さようなら、桜子さん。どうか幸せになってね」
あだ花 十余一 @0hm1t0y01
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