最終話

 『ごぶさたしてます 今日会えませんか?』

 ユミからメッセージが届いたのは今朝、春に就職祝いを送って以来の一報だった。快諾して今晩の約束を取りつけ、いつもより気合を入れて仕事を終わらせた。

「早いね、今日デート?」

「もうちょっといいもんですね」

 脂ぎったマルチョウに返し、挨拶をして退社する。

 今となっては遠い過去にも感じるあの一件は九ヶ月前のこと、あれ以来女の霊は現れていない。今はかつてのユミ達と似たような母娘が暮らしているが、苦情はなかった。

 あのあとユミはうちの市内にある工場に就職を決め、寮生活を送っている。仕事にもようやく慣れて、連絡をする余裕ができたのだろう。先輩風を吹かせたくなくて連絡は控えていたが、ずっと気になっていた。


 約束は職場近くのファミレスで、時間には少し早かったがもうユミはいた。以前より大人びた格好をして、ボックス席から手を振った。

「悪い、待ったか」

「大丈夫です、私も今来たとこです」

 向かいの席に腰を下ろしながら確かめたユミは、少し疲れているように見えた。簡単な部品組み立てだと聞いたが、一日缶詰だ。楽な仕事ではないだろう。

「仕事は慣れた?」

「はい、まだまだできないことばっかりですけど……それで今日は、園譜さんに会わせたい人がいて」

「おっ、彼氏か」

 言ったあとで、自分のおっさん臭さに愕然とする。

「そんなんじゃないんです! ただすごくお世話になってる人で。園譜さんの話をしたら会ってみたいって言うから」

 頬を赤らめて頭を横に振るユミに救われ、店員に注文を済ませた。

 それからは届いた料理をつつきながら、ひとしきりユミの新生活の話を聞いた。がむしゃらに働き続けたかつての自分を思い出しながら、懸命に羽ばたく雛鳥の姿を見守るのは格別だった。


 件の「会わせたい人」がユミの隣に腰を下ろしたのは食後しばらく、食後の一服ができない口寂しさをコーヒーでごまかしている頃だった。

 確かに、彼氏ではないだろう。どう見ても四十半ばの、ユミの父親と言っても通じる年代の男だ。紺スーツと銀縁眼鏡の出で立ちながらも胡散臭い雰囲気に折辺を思い出したが、多分こっちは俺の予想を裏切らない。

「えっと、こちらはニューヘルスライフケアの佐伯さえきさんって方なんだけど」

 視線を鋭くした俺を宥めるように男を紹介し、意味ありげな目配せをする。

「園譜さん、フリーラジカルって知ってます?」

 切り出したユミのまっすぐな視線に、胸の芯が冷えていくのが分かった。

 違うだろうが、お前。やっと抜け出せたのに、なんでそっちにいくんだよ。

 言えない言葉を飲み込んで、取り出した煙草を噛む。火を点け最初の煙を吐き出すと、ユミの肩越しに薄く笑むあの女の顔が見えた気がした。



                               (終)

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親の背 魚崎 依知子 @uosakiichiko

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